Charakter

　彼がその両手を血で汚さずに済んだのは、ただの偶然の結果に過ぎないのだろう。
　もし、彼の『覚醒』がもう少し早かったら。あるいは逆に、竜詩戦争の終結がもう少し遅かったら。そうしたら、彼は覚悟していた通りに戦に身を投じていたに違いない。
　それを思うと、彼を「何もしていない、無罪だ」と断じるのも、いささか憚られるものがあった。だって、彼が『何もしていない』のは結果論だ。彼には『何かを為す』意志も覚悟もあった。ただ、ほんの少しタイミングがずれただけだ。
　……けれど。
（まぁ、今更言う必要もないだろうけど）
　そのことは、彼自身がよくわかっているはずだ。
　受け入れようと、ぎこちなくも歩み寄ってくれる住民たち。『異端者』として戦う覚悟を決めていたということは、住民たちの家族や友人たち、あるいはここの住民たちと殺しあう覚悟をしていた、ということだ。何をしようとしていたのか、目の当たりにしながら生きていくのは、決して楽ではないはずだ。
　歩み寄る。言葉にすればわずかなそれのために、やることは多い。住民たちは多くの感情と言葉とを飲み込まなければならないだろうし、彼のほうも己の言動で今は害意を持っていないのだと証明し続けなければならない。
（生きてくってそういうことでもあるしな）
　我慢して、諦めきれずに抗って、受け入れて、もがいて。絶え間なく七転八倒しながら、時を積み重ねていく。ならば、せめて彼が僅かなりとも『間に合った』ことを、天祐とすべきなのだろう。
　ほんの少しだけ。より良い未来へと、運命が背中を押してくれた。素直にそう受け取ったほうが、気が楽だ。
（……幸せに）
　わだかまりの残る家族の姿にそう願い、ラサラスは微かに瞑目したのだった。