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レオニア王国記 サイドストーリー ルイス編その2
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──重たい音を立ててドアが閉ざされ、部屋の中に静寂が落ちてきた。
ルイスは、口先まで出かかった言葉を飲み込んだ。
自嘲の笑みが、口許に滲む。
──そして彼は、右手を大きく払った。
机の上に置かれた書類が辺りに散らばり、床に転がったインク瓶から流れ出た液体が、絨毯の上に黒い染みを作る。
「──居るのは分かっている。立ち聞きが趣味とは結構な事だな」
彼は、誰もいないはずの虚ろな空間に向かって呟いた。
「迫真の演技だったねぇ。途中、ちょっと危なっかしい箇所はあったけど──」
どこからともなく、愉しげな女の声が聞こえた。しかし、声の主の姿はどこにも無く、部屋の隅には、黒々とした闇が横たわっている。
「長生きしたければ、余計なお喋りは慎むことだ」
「おぉ怖い──で?約束の物は用意できてる?」
「──これを。下町の錬金術師に宛てた書状だ。宰相の印璽があれば、容易く話は通るだろう」
ルイスは、机の上の白い封筒をつまむと、暗闇に向かって放り投げた。
封筒は回転しながら空を切り、闇の中に吸い込まれるようにして──消えた。
「これさえあれば、どんな毒薬も思いのまま──ね。オッケー。確かに頂いて行くよ」
暖炉の薪がパチンとはぜ、焔が大きく揺らめく。それに合わせて影も蠢めき──闇の中から、女が姿を現した。
女は、鈍色のマントに身を包んでいた。
すっぽりと被ったフードから、特徴的なオッドアイ──猛禽類を思わせる右目と、銀の月代を写したような左目──が、暗闇の中にあってなお、鋭く光っているのが見える。
「あのお方からの伝言。手筈通りに、事は進んでいるってさ」
「分かった、ご苦労──此方も準備は整ったと伝えてくれ」
「成功すれば、王国は上を下への大騒ぎって訳だ。いいね、楽しくなっちゃう」
そう言ってクスクス笑う女に、ルイスは冷ややかな視線を投げた。
「──用が済んだのならば、早々に居なくなるがいい」
「もう、相変わらずつれないなぁ」
女はかぶりを振って、わざとらしく両手を広げて見せた。
広がったマントの隙間から、腰の両脇に下げられた、二振りの短剣が見える。
「そうそう──小耳に挟んだんだけど。キミの本。戦災孤児院に寄付しちゃったんだって?」
彼女は音もなく絨毯の上を歩くと、暖炉の前に置いてある椅子に腰かけ、艶消しの黒いロングブーツを履いた脚を組んで見せた。
やおら椅子を引いて、ルイスが立ち上がる。
「貴様、どこでそれを聞いてきた?」
「ボクにも、子飼いのネコちゃんが居るって事さ──ね、どういう心境の変化なの?何かの罪滅ぼし?」
「別に。棄てるぐらいならくれてやろうと思ったまでの事──こう答えれば満足かね?」
「ふぅん。ま、いいけど。計画に支障が出るような事さえ無ければ、ね」
そう言って、女は組んだままの脚をブラブラと揺らした。
「何が言いたい?」
「さあ?その辺の事情は、キミが一番良く知ってると思うけど?」
白い犬歯を見せて、女はニヤリと笑った。
同時に床を蹴って飛び上がり、空中でひらりと身を捻る──彼女の座っていた椅子が、弾かれるように真横に吹き飛んだ──ルイスが魔法を放ったのだった。
器用にも、暖炉のマントルピースに着地した女が、感心したように口笛を吹いた。
そして、目深に被っていたフードが外れ──その顔が露になった。
女はミコッテ族だった。
浅黒い顔には戦化粧が施され、金のメッシュの入った鼈甲のような黒髪を、後ろで一つに結わえていた。髪と同じ色をした大きな耳が、微かな音も聞き逃すまいと、鋭敏に動いている。
「詠唱無しで至近距離から撃つとか──冗談の通じない男って、これだからキライ」
「疾くと去ね、野良猫。その首をねじり切られたくなかったならな」
「ひっどいなぁ。ボクの名前はプロテオだって言ってるでしょ!」
プロテオと名乗った女は、黒い尻尾を逆立てて、不満の声を上げた。
しかしルイスは、氷のような殺気を帯びたまま、眉ひとつ動かさない。
「──おっと、キミとこれ以上やりあうつもりはないよ。余計な情に絆されて、ヘマする様な真似さえしなければ──ね」
プロテオは、不敵に笑った。足元から蒼白い光の奔流が湧き上がり、ふわりと浮かんだ彼女の身体を包む。
「さて、お望み通り消えてあげる──言っておくけど、今更途中下車は出来ないよ」
──キミの大事な王子サマが、喜んでくれるといいね──!
光の渦に飲み込まれる直前に言い残して、プロテオはその姿を消した。
「──ふん、転移したか」
蒼白い光が跡形もなく消えてしまうと、書斎は再び、闇と静寂に包まれた。
ルイスは、椅子に深く腰かけた。
背もたれに身体を預け、黒いグローブを嵌めた右手で、眼を覆う。
閉ざされたカーテンの向こうから、窓硝子に当たる雨の音色が聞こえてきた。
──途中下車は出来ないだと?
無論──する気もない──
ただ一つの悲願の為に、自ら運命の輪を回したのだから。
そう─私は、あの日から──
今もなお、姫の最期の言葉に囚われ続けている。
姫の枕元で、忘れないと誓った。
人質同然に異国に連れてこられた少女の姿を、そして儚く散っていったひとの姿を、どうして忘れられよう?
私の心は凍てつき、復讐を果たすことで、姫の願いを叶えるつもりだった。
信じていた。それが、あの方といつまでも共に有りつづける方法だと。
──だが─誤算だった──
王子よ。巡る季節の中、貴方と過ごした日々の、何と優しかったことか。
しかし、貴方を愛しく思えば思うほど──その笑顔は、憎悪を糧に生きる私を、緩やかに殺していった。
本当は、とうに分かっているのだ──姫の最期の言葉の意味を。
私は、この憎しみを捨てられない。今更赦しを乞うつもりもない──ひとたび回り出した運命の輪は、もう止まらない。
そして、今日まで生き永らえて来た私の存在が、貴方の笑顔を奪うものでしか無いと知った今──私は喜んで散ってゆこう。
それでも──咎人にも祈る事が許されるのならば──星明かりよ。
この穢れた雲が消え去った後には、どうか一際美しく輝かんことを──切に願う──。
梢を渡る風が逆巻いて、ごうごうと鳴っている。
白い光が閃き、寒雷の轟く音が、空を渡って響いてきた。
嵐が訪れようとしていた──。
***(了)
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下町の錬金術師へ毒薬の製作依頼とは、裏の稼業も受け付けている錬金術師あてのものでしょうか?
その後錬金術師は口封じされてしまうのか心配です。
密偵プロテオ、エオルゼアでの飄々とした言動が、ここでは闇の者としての底の知れなさを
表現していてとても魅力的でした。 彼女の背後についている「あのお方」 正体を見せる日は
来るのでしょうか?
近いうちに嵐が来る、先日来た炎の嵐と違う 大きな嵐が……。 そんな予感がします。
足がつきにくいと言う事で、敢えて下町設定にさせて頂きました。仕事の報酬は言わずもがなです。
黒幕さんの出番は、本編の展開が待たれるところですね。ぶらさんも執筆頑張ってください。
読了頂き、ありがとうございました!
こっ これは…
…愛の物語ですね(>_<)
切ないです
そしてぷろにゃん格好よく登場っ!
素敵な文章でしたので、情景を思い浮かべながら読んでいました!
色々と聞いてみたいことたくさん浮かんできたので、
今度直接宰相に聞いてみようかなって思います^^
物語の中のマテウス王子には、この件、是非頑張ってもらいたいです…
大切な絆ですからね!
イルミナさん、コメントありがとうございます。
大変励みになります!
長い時間を王子と過ごす中で、少しずつ形を変えてきた宰相殿の心の機敏、少しでも伝えることが出来ていたなら幸いです。
このあと、どの様な展開が待ち受けているのか、気になる所ですね。私も、王子を応援している一人です(笑)
何かございましたら、モグメを送って頂いても。返信は遅くはなりますが…私も、王妃様には色々お聞きしたいことがあったので(^^)