『レオニア王国記』とは
Sayチャット溜まり場LS「Face to Face (通称F2F)」の雑談とSS撮影からの連想で始まった物語。
Bramaleさん原作の『レオニア王国記』に、LSメンバーがモデルとなり各人の個性を生かした「登場人物」として配置され、現在連載中。
普段あなたが使っている そのFF14キャラクターが、もう一つの空想世界「レオニア」に登場したら…?
詳しくはLS F2FリーダーLuis Seraさんの日記を参照ください。
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https://jp.finalfantasyxiv.com/lodestone/character/2326608/blog/3698990/そんな想像から、派生した物語のうちの一つ。
閲覧頂きありがとうございます。
レオニア王国記外伝 ルイス、マテウス編です。本編より12年前、まだローザ姫が存命だった頃のお話になります。
※2019年4月5日追記※
LSマスターのLuis Seraさんが、劇中のローザ姫を描いて下さいました。素敵なイラストありがとうございます!
※登場人物について
ルイス ローザ姫付き近衛隊長。ローザ姫の輿入れと共に、タイガルドよりやって来た青年。28歳。
ローザ 9年前に、タイガルド王国より嫁いできた姫。近頃は体調が優れず、病床に伏せることが多い。28歳。
マテウス レオニア王国第二王子。レオニダス王とのローザ姫の子。8歳。
※※※
心の奥底に、大切に仕舞われた思い。ことば。胸を焦がす風景。
今でも鮮明に思い出せるのに、もう、決して触れ得ない物――
麗らかな光に溢れる薔薇の園。
白い石造りの小さな噴水が、秘密の待ち合わせの場所。
小鳥のさえずりと、梢を渡る風の音に耳を済ませば、やがて遠くから聞こえてくる、軽やかな足音。
紫鳶色の髪の毛をなびかせて、息を弾ませながら駆けて来る、懐かしい少女の姿。その手には、小さな包みを大事にそうに抱えながら。
――色褪せない数々の想いは、いつ、琥珀色に変わるのだろう?
「――イス、ルイス――?」
自分の名を呼ばれ、軽く体を揺さぶられる感覚に、彼は我に返った。
声のした方へ視線をやると、彼の手首を握り、心配そうに見上げる、翠の瞳とぶつかった。
「これは、マテウス王子――」
「大丈夫ですか?名前を呼んでも、返事がないものだから…」
マテウス王子と呼ばれた少年は、少し首を傾げて見せた。その動きに合わせて、星の無い夜空を溶かした様な黒い巻き毛が、ふわりと揺れる。
「申し訳ありません。少し、考え事をしていたようです」
「ふぅん?何でもないなら、いいのだけど」
白昼夢から覚めたような感覚に、ルイスは軽く混乱していた。
職務中の身でありながら、感傷に浸るとは――彼は、心の中で自分を叱責した。
気を落ち着けるようにゆっくりと息を吐くと、辺りを見回してみる。
白亜の石造りのバルコニーに、彼は立っていた。繊細な彫刻のある石の欄干には、蔦が幾重にも腕を伸ばし、青々とした葉を繁らせている。
よく磨かれた石の上に反射する日の光が、辺りを白く照らし、鮮やかなコントラストが、色素の薄い彼の目を焼いた。
瞳の奥にちりちりとした痛みを感じて、黒い皮のグローブをはめた手の甲で目を覆う。
「あっ!ほら…風船が上がりましたよ!」
眼下に広がる城下町の広場から、大量の風船が一斉に放たれたのを見て、マテウスが歓声をあげた。
色とりどりの風船の群れを追うように、王子はその小さい手のひらを精一杯広げると、絹のように光る群青の空へと差し伸べる――
――季節は、夏。
緑滴り、爽やかな風わたるレオニア王国に、年に一度の大きな祭りの時期がやって来た。
今から九年前――レオニアの野獣事件をきっかけに、隣国タイガルドとの、長きに渡る戦争が終結した。そして、両国間の絆をより強固な物にするという名目のもと、タイガルドの第一王女ローザ姫が、レオニア王家に嫁ぐことになった。
戦勝国としての威信を示すために、婚礼の儀は、かつてない規模で執り行なわれることになった。
六年にも及ぶ戦の果てに、国内は疲弊しきっていたのが実情だが、久し振りにもたらされた明るい話題に、人々の心は沸き立った。ようやく戦は終わったのだと、誰もが実感した。
式は、夏祭りの時期に合わせて執り行われ、歴史的な瞬間を一目見ようと集まる人々で、祭りは大変な賑わいを見せた。
人が集まれば、目先の利く商人達も集まり、物資と経済が動く。
この婚礼は、新しい時代の幕開けのセレモニーでもあった。
それ以来、両国間の友好を記念し、一週間の長きに渡る大祭として、執り行われるようになったのである。
「いいなぁ…楽しそうな音楽が、ここまで聴こえてきます」
王子は、自分の褐色の指の間をすり抜けてゆく風船の群れを、眩しそうに見つめながら呟いた。
「ルイスは、お祭りに行ったことがあるのですよね?」
「それは、陛下の視察に同行した時の話でございましょう。遊びに行ったのではありません」
「色んな屋台があるのでしょう?珍しい異国の品物や、オークレアの有名なサーカス団なども来ると聞きました」
「殿下。お気持ちは分かりますが……」
ルイスは、王子を制するように右手を上げた。
「何処の馬の骨とも分からぬ輩が集まるのです。中にはスパイや、王国に害を成そうとする者も紛れているかも知れないのですよ?」
「それは、そうだけど…」
「その様な中へ、殿下をお連れすることは出来ません」
ルイスの答えは、近衛の長という立場からしてみれば、至極全うなものだった。
青灰色の冷たい瞳で見据えられ、正論を吐かれたとあっては、王子は黙るしかない。
それでも尚諦めきれないのか、マテウスは、翠の瞳に小さな闘志を宿して、負けじと見つめ返した。
「楽しそうだこと。私も混ぜて貰って良いかしら?」
二人の間の見えない火花は、涼やかな女性の声でかき消される事になった。
「母上!」
「ローザ様!お加減は宜しいのですか?」
睨み合っていた二人が、ほぼ同時に声をあげ、ルイスが恭しく一礼した。
声の主は、青柳のようにほっそりとした、エレゼン族の女性だった。
褐色の肌に、麻を織った薄手の白いドレスを纏い、緩く結い上げた紫鳶色の豊かな巻き髪を、蝶を象ったバレッタで留めている。
王国の姫にしてみれば簡素な装いだが、それが逆に、彼女の美しさを際立たせていた。
「二人の賑やかな声が聞こえてきたものだから。私なら大丈夫よ。祭りの話をしていたのね?」
側仕えの侍女に促され、ローザは、バルコニーに置かれた長椅子へと腰を下ろした。
そこへすかさずマテウスが駆け寄って、その隣に座る。
「はい!お祭りを見に行きたいんです。でも、ルイスがダメだって…」
先の尖った耳先を下げて、やや大袈裟に落胆して見せる王子の態度に、ルイスは、ばつが悪そうに軽く咳払いをして見せた。
「そう、それは残念ね…では、こうしてはどうかしら。侍女達から聞いたのだけれど、今度の祭りでは、タイガルドの郷土菓子が売られているのですって。マテウス、貴方にそれを買ってきて貰いましょう」
王子の艶やかな巻き毛を撫でながら、ローザが花のように微笑む。
「えっ、よいのですか!?」
「姫、それは――」
「いいのよ。ブラマール侍従長には、私から取りついでおきます。貴方達二人で出掛ける方が、逆に怪しまれないわ」
納得いかないといった表情のルイスを諭すように、ローザは人差し指を自分の唇に寄せると、軽くウインクをしてみせた。
「貴方も懐かしいでしょう?同じものはこちらでも食べることが出来るけど、本場の味とは違うわ。ね、楽しんでいらっしゃいな」
嬉しさのあまりに、マテウスは勢いよく立ち上がった。
「ありがとうございます、母上!それでは、僕は支度をして参りますね!」
王子は、満面の笑みを浮かべて一礼すると、戸惑う侍女の手を引いて、部屋の中へと駆けて行った。
「無理を言うようでごめんなさいね。ただ、あの子ももう八歳…そろそろ、自分の目で世の中を見ても良い頃だと思ったの」
「無理などと…その様な事は、決して。お気遣い痛み入ります」
マテウスの背中を、微笑みながら見送っていたローザの表情が、ふと翳る。
「あれからもう九年も経つのね…父様、母様、アルティ…皆元気でやっているかしら」
「――お懐かしゅうございますね。中庭の薔薇園も、きっと今時分は見頃でございましょう」
「ええ、本当に――」
ローザはそっと瞳を伏せると、言葉を紡ぐのをやめた。
初夏の薫風が、優しい沈黙の間をすり抜けてゆく。
「――道中はお任せください。夕刻の鐘までには戻って参ります」
両の踵を打ち鳴らし、ルイスが敬礼をした。腰から下げた細剣が揺れて、鈴のような音色を響かせる。
「頼みましたよ。今日は楽しんでいらっしゃい。土産話を楽しみにしているわ」
ローザが面を上げたとき、乾いた炸裂音と共に、花火の空砲が上がった。夏祭りの開始を告げていた。
(続く)