初めての方ははじめまして!
« Postmaster » のりんごです。
いよいよパッチ5.3が目前にせまってきましたね。
偶然と言おうかなんと言おうか、私がFF14始めたのが去年の8/10。ちょうど1年かけて、最新パッチに追いついて、皆さんと一緒によーいドンで楽しむ態勢にたどり着きましたよ。
今まではパッチノートとか縁のない世界で生きてきましたが、今回はちゃんとチェック済みなんで、既に
+(0゚・∀・) + ワクテカ + 全開モード!
久しぶりに、新しいゲームの発売日が、早く来ないかなあと待ちわびるような気持ちです。
それはそうと
とりあえず、5.3アプデまでにやろうとしてたことの決算から
■「5.3アプデくらいまでの目標」の決算
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄[各種トークンを集めて装備更新
]→まあこれは終わることはなさそうなんで、とりあえずトークンMAXで待機状態です
[全ジョブ80プロジェクト完遂
]→残りは木工76と鍛冶79
→続きは新しい蛮族クエストとお得意様取引で上げようかな(やや遠い目
[ジョブクエ80(ギャザクラ)
]→全部50くらいで絶賛停滞中…
→レベルMAXになったらやろうかな(遠い目
[ジョブクエ80(バトルジョブ)]【完】→こちらは、ようやく終わりました!
→召喚士はほぼ初めて触りましたが、そこまで厳しいクエストもなかったんでどうにかなりましたw
[サブクエスト(漆黒、事件屋、配達士)]【完】→レターモーグリのクエストも終わってレベル25の「一人前配達士」に!
[2020/08/02 一人前の配達士] ✒
クエスト「配達士は懸命に」をコンプリートする晴れて
« Postmaster » 襲名です。
クエの中身は単純で、モーグリから配達を請け負った手紙をエオルゼア各地に届けるもの。届けた先で、あて名の人の様々な日常を垣間見ながら、ちょっとした事件を一緒に解決するとか、そういうサブクエによくありがちな内容。
25個も同じようなクエストをやってると、さすがに途中少しダレてはきましたが、思ったのが、やっぱり手紙っていいですね。その手紙を待ちわびている人、全然予期しない手紙が届いてびっくりする人、色々ありましたが手紙をもらうのって嬉しいものですよね。
親しい人から不意に届いた手紙、中身はいいことだろうかそれとも反対だろうか、不安半分ワクワク半分で急いで開封する時の気持ち。
郵便配達って、そういう人の色んな気持ちや思いを届ける仕事のような気がして、ちょっとあこがれたことがあったような気もします(100万年ほど遠い昔
もはや、誰もが携帯電話を持っている時代。近しい人に伝えたいことがあれば、即座に電話するなりメッセージを送るなり、ほぼリアルタイムに届けられる時代になって、それはそれは大変便利で絶対にもう後戻りはできないんだけど、そういういつ届くとも届かないともしれぬ手紙を心待ちにする気持ちの文化が失われつつあるような気がして、どこか寂しいような気持ち。
魔大戦の傷跡深く、もはや誰も近づくこともない古の都アムダプール市街の遺跡を歩きながら、かつて在りし日の栄華に思いを馳せつつ、どこか懐かしく感じるようなちょっと複雑な心持ち。
配達士クエをやりながらそんなこんな妄想にふけっていたら、つい大好きな曲を思い出しました。
松任谷由実の
「青いエアメイル -Blue Airmail Envelope-」1979年のアルバム「OLIVE」から。
一応お断りをしておくとリアルタイム世代ではないんだけど、ベストアルバムかなんかに入ってたのを聞いて以来のお気に入り。
青いエアメイルがポストに落ちたわ
雨に染みぬうちに急いで取りに行くわZum Anzeigen klicken Zum Verbergen klicken
傘を頬でおさえ待ち切れずひらくと
くせのある文字が切なすぎて歩けないZum Anzeigen klicken Zum Verbergen klicken
時折届いたこんなしらせさえ
やがては途絶えてしまうのかしら
けれどあなたがずっと好きだわ
時の流れに負けないのZum Anzeigen klicken Zum Verbergen klicken
うん、めっちゃポエマーですな。
たかが配達士クエにインスパイアされ過ぎだっつーの。
本当は2番もいいんですけど、キリがないのでこの辺で。
そんなこんなで、本日の日記も取りとめのない
"どうでもいい自分語りシリーズ vol.55" だったわけなんですが、今日はちょっとお断りを。
これまで、1年にわたりほぼ週1ペースで書いてきたロドスト日記ですが、そろそろ定期更新が止まりそうな気がしています。
どうして、こんなクッソつまらない日記を書き続けてきたかについては、以前の日記、
2020/04/11「
くだらない内容と自覚しつつも、ついつい日記を書き続けてしまうワケ」
で、大体書いてるんですが、
①自分を知ってもらいたい
②感動を記録しておきたい
③感動を共有してもらいたい
と、こんな感じ。
これが成立するのも「先輩ヒカセンファインダー」では見えずらい、あるいはとうの昔に忘れてしまった「楽しい」冒険のワクワク感が「若葉ファインダー」を通すと、新しい視点になるかもしれないと思ったから。どっちかというと「市井の片隅で生まれ落ち、内なる衝動の命ずるままに生きてきたとある若葉の成長の記録」的な側面に価値があったのかなと(もしあったとすればですが)
とすると、最新まで追いついて(一応ね)、これからは皆さんと新しいコンテンツを一緒に楽しみ始めるってことは、なんか特段切り取って提示するような視点もあまりないんじゃないかなあという気がして。
要するに…
いわゆるひとつの
ネタ切れってやつですねw
というわけで、ここら辺が潮時かなあと。
最後に、今の気持ちを表すとするならば、拙者のやわらか中二魂のド真ん中を「つらぬき丸」してやまない『トム・ソーヤーの冒険』のむすび(後書き)で、作者のマーク・トウェインさんが述べておられることがほぼピタリとくるので、いつもの引用(パクリ)をして締めくくりたいと思います。
これで、この一代記は終る。厳密にいうと、これは一人の少年の歴史なのだから、ここで終らなければならない。これ以上つづけると大人の歴史になってしまうからだ。大人に関する物語を書く場合、作者は、どこで終らせるべきかを、はっきり心得ている---すなわち結婚で終らせるのだ。しかし、子供のことを書く場合には、作者が適当と思うところでうち切らなければならない。
本書で活躍した人物は大部分まだ生きていて、立派に幸福に暮している。他日ふたたび若い連中の物語をとりあげて、彼らがどんな人間になったかを見るのも、あながち無駄ではあるまいと思われる日がくるかもしれない。だから、その連中の生涯のその部分については、さしあたってふれずにおくほうが賢明というものだろう。(出典)マーク・トウェイン『トム・ソーヤーの冒険』(1876年)新潮文庫(昭和62年改版)
近しい皆さんにおかれましては、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
あ、でも、また内なる衝動に突き動かされて何やら書くこともあるかもしれませんので、その節は是非生暖かい目で見なかったことにしてやってくださいまし。
毎日同じような時間にやって来る郵便屋を気にしてソワソワ
庭のポストから聞こえる "You've Got Mail" の気配!
早く取りに行かなきゃ。
ただの請求書かもしれないんだけど