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Juliette Blancheneige

der lebende Schild

Alexander [Gaia]

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【魂を紡ぐもの セイン】1.5話後編『圧縮世界 フォルス・ヴォイド』1 幽閉の水場

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1 幽閉の水場

 セインたちが目を覚ますと、船は海上ではない場所にいた。
 岩の天井が見える。
 淀んだ空気とあちこちをぼんやりと照らす光る苔。
「船ごと迷宮とか、マジかよ」
 ルーシーが肩をすくめる。フェリーは、洞窟の行き止まりにできた水場にかろうじて浮いていた。そのすぐ横にはアーヴァント一家のコルベットが二隻並んで浮いていた。それだけで、この水場はぎりぎりの状態だった。
 水場のある場所は円形の広場のような場所で、そのうち半分に水があり、フェリーとコルベットが浮いている。水の無い残り反対、フェリーと真反対の場所に、ぽっかりと黒く奥への通路があった。
「……記憶に合致する場所は無いな」
 セインが肩をすくめる。
「ヴォイドに似てるけど……なんか違うんだよな」
 訝し気に語るセインとルーシーに、ヴェスパが問うた。
「むー……その反応ってことは、そっちも理解してない系?」
「ああ」
「なんなんだあの板。玉になってたよな?」
 光を放つ直前、レース・アルカーナと名付けられた謎の板は、球体に変化していた。
「その直前に響いた音――言葉のように聞こえたが」
「んー……最後さ」
 首をひねりながら、ヴェスパが言う。
「意識を失う直前、あの玉に吸い込まれた気がすんのよね」
「玉に?」
 セインが問い質そうとしたとき、姐さーん! と、コルベットから声にが上がった。ヴェスパはフェリーの端まで行って問うた。
「あんたたち全員無事!?」
「無事です!」
「よっし! ちょっと待ってなね!」
 へーい! という返事を聞いて、ヴェスパは笑みを浮かべながら小さく言う。
「そっか……よかった」
「仲間想いだな?」
 ルーシーの問いに、くすりと笑って答える。
「そうよ? アンタたちに人質取られて動揺しちゃうくらいにはね」
「そんなに大事な仲間を、荒事に向かわせるのってどうなん? 戦闘で死んだりするだろ?」
 きょとんとした顔でルーシーが問う。揶揄するような素振りではなく、純粋に興味本位で訊いている者の顔だった。
「うっ。それ……はね」
 ヴェスパが答えにくそうに言い淀む。それへさらに問いかけようとして、ルーシーは急に黙った。その瞳に、ライムグリーンの光が宿る。
「来る」
「へ?」
 ルーシーはセインのほうを向いた。セインは、フェリーの船長たちを起こして状況を説明しているところだった。
「セイン!」
「――来るか」
 セインの反応は早かった。
「来るって何が」
 ヴェスパの問いに、ルーシーは洞窟の先――奥に開いた通路を指差した。
 通路から現れたのは、デーモンの群れだ。少なく見積もっても二十体はいるだろう。巨大な鎌を手にした妖異たちは、どうみても友好的な存在ではなかった。
「なんだああ!?」
 船長が叫ぶ。乗組員たちも慌てている。乗客のほとんどはまだ意識を失ったままだ。
「船長」
 セインが声を掛ける。
「乗客を守ってくれ。俺たちは打って出る」
「お、おう! わかった! 船には近付けさせねえよ! ――オマエら! 冒険者の援護だ! 船に近付くバケモノへ撃ちまくれ!」
 船長はさすがに歴戦の勇士だけあり、動揺はあれど即座に状況を呑み込んだ。浮足立つ乗組員たちを叱咤しにかかった。
「あんたたち! コルベットにもフェリーにも近付けさせるんじゃないよ!」
 ヴェスパがコルベットの一家に呼びかける。位置的にコルベットのほうがより水場の際にあり、つまりデーモンたちに近かった。
「ヴェスパ・アーヴァント」
 焦る様子のヴェスパに、セインが声を掛けた。顔を見合わせた後、ヴェスパが頷いた。
「ルーシー、いくぞ!」
「あいよう!」
 三人はフェリーから飛び降りると、コルベットを経由して地面へと降り立った。セインが先行し、デーモンの群れに突っ込んだ。数回のフラッシュと範囲攻撃を経て、デーモンたちの敵視を一人で引き受ける。
「マジャ!」
 ルーシーが魔本を開き、銀色のクァール――マジャ・ト・セトランを召喚する。すでに先行しているカーバンクル・サファイアと合わせ、二体が攻撃を担当した。ルーシー自身は敵の弱体とセインの回復を行う。
「うえ……ここ風がぜんぜん無い」
 ヴェスパが嘆く。だが、そう言いながらも放たれた風魔法は、凡百の幻術士のそれをはるかに上回るものだった。
 敵の数はどんどん減ったが、途中数度の増援があった。その度にセインが敵視を奪い続けていくが、さしものセインもダメージを受けた。
 そのとき、セインへ回復魔法が飛んだ――ルーシーと、ヴェスパからだ。二人のそれは明らかにどちらか一方だけでまかなえるものであり、つまりは過剰回復だった。
「あっごめん!」
 ヴェスパがルーシーに謝る。
「減ってる人見ると癖でつい!」
「いや、全然いいんだけど」
 さして気にも留めてない様子で、ルーシーがヴェスパに問う。
「ヴェスパ白魔道士だな?」
「その質問今更っぽいけど、そうだよ?」
「回復めんどい?」
「へ? いや反射で回復しちゃうくらいだからさ、苦じゃないよ?」 
「そっか。じゃああたし攻撃に回ってもいい?」
「いいよ! てか旦那の回復を他人がやると怒る人もいるじゃん? だからさっき謝ったんだけど?」
「いるよなー! 全然気にしないけど!」
 あっけらかんと笑って、ルーシーはヴェスパにウィンクした。こう言いながら、すでにルーシーは攻撃に集中しているし、セインの回復はヴェスパが担当していた。
「――てことでウチの旦那をヨロ!」
「かしこまり!」
 ルーシーが、一旦攻撃の手を止める。目を閉じ、魔本を閉じた。
「――『オフェンスシフト』」
 宣言すると、手の中の魔本が消え、忽然と別の魔本――より鋭角的な、攻撃的な意匠のそれが姿を現す。
 本を開く。
「サファ、ビーストモード!」
 高らかに告げるルーシーの声と同時に、カーバンクル・サファイアの姿に変化が起きた。
 常の姿でさえ、明らかに通常のカーバンクルよりも攻撃的な姿のカーバンクル・サファイアだが、さらなる変化は劇的だった。顔が鋭角的になり、目が明らかなツリ目に変わった。四肢の先には凶悪な爪、三又に分かれた尾は刃になっていた。
「――シャアァァ!」
 一声吠えると、青い疾風はデーモンの間を駆け抜けた。それだけで、デーモンの数体が胴体に風穴を開けられ、首や腕を落とされた。状況に応じて姿を変える、通常状態のカーバンクル・サファイアの万能性を捨て、攻撃のみに特化した姿だった。 
「はっはー! ご機嫌だなチビッ子よう!」
 カーバンクル・サファイアへ笑いかけながら、マジャがデーモンへ範囲攻撃を仕掛ける。姿こそ変わらないが、マジャもまた攻撃力と射程が向上していた。
 そして。
 本体であるルーシーも、当然変化していた。
「トライカラミティ発動……パライガ――スロウガ――ブレクガ!」
 麻痺、スロウ、石化。本来冒険者の使用できる魔法体系には無い魔法を、ルーシーは操って見せた。しかも、三つの魔法すべて範囲魔法であり、そしてすべて同時に発動した。
 デーモンの群れの動きが止まる。そこへ、マジャの範囲雷撃、カーバンクル・サファイアの単体攻撃が襲い掛かる。
 そのなかで、ただの一体も漏らさず、セインは敵をひきつけ続けた。
「一匹も……来なかったじゃねえか」
 船長が唖然として呟いた。言葉通り、デーモンたちはただの一体もフェリーに近寄ることなく、全滅していた。
 
「さて。こうなれば、進まざるを得ないな」
 セインが洞窟の奥を見据えて言った。このままここに留まったところで状況は解決しないだろう、と続けて口にする。
「だろーね」
 同意するルーシーに頷くと、セインはヴェスパへ顔を向けた。
「ヴェスパ・アーヴァント。付いてきてくれるか」
「こうなったら是非もないね。よろしく頼むよ、お二人さん」
 言ってから、ヴェスパはコルベットのほうへ向かった。
「あんたたち」
「「「へい!」」」
「ちょっとこの事態解決して来る。あっちの冒険者二人とね」
「――姐さん、仕事はもういいんで?」
 エレゼンの青年が問うた。問い詰める口調ではない。むしろ、確認するような問いかけだった。
「あのコーディネーターってのは、『レース・アルカーナには危険はない』、って言ってたじゃない? けど今はこの状況で、もしセインたちがいなかったら、死者も出ただろうね。この時点でウソ吐かれてるワケ。反故るよ、この依頼」
「「「合点!」」」
 その間に、セインはフェリーの船長に状況を説明していた。
「アーヴァント一家が協力してくれるようだ。しばらくの間、持ちこたえてくれ」
「わかった。なるべく早く頼むぜ」
 さすがに経験豊富なだけあり、船長はアーヴァント一家との共闘をあっさりと受諾した。

 準備は整った。
 フェリーの船長や乗組員、アーヴァント一家の者たちに見送られて、三人とカーバンクル・サファイア、マジャは洞窟の奥へと進む。

(2へ続く)
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