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Juliette Blancheneige

der lebende Schild

Alexander (Gaia)

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『Sweetest Coma Again』7(前)(『Mon étoile』第二部四章)

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7-1

『安らぎを。すべてのひとに、穏やかで静謐な――安らぎを』
 巨大な女神が謳う。
 十二神大聖堂よりも大きい威容は艶めかしさと包容力を併せ持つ女性の姿。四本の腕、そして背から生える巨大な翼。白銀の長い髪から、眩い光輝のエーテルが放たれ続けていた。
「女神……ソムヌス!」
 ラヤ・オが愕然と呟いた。リリとバティストが息を呑んだ。サイラスさえ、予想を遥かに超える女神の大きさ――物理的な巨大さだけではない、内包する魔力の巨大さ――に焦りを隠せなかった。
 どうする。
 全員が戦慄して、身動きが取れなかった。
 女神が、その手に持つ杖を高く掲げた。杖の先端に嵌められた『純潔派』の聖印、『聖七天』が白く輝く。

『永遠の眠りを授けましょう。それこそが救い。絶対の――安息』

 その瞬間、ソムヌスから強大な魔力が放たれた。大気そのものが光り輝き、影を許さぬ光の洪水が世界を白く染める。
 氷のように固化した光の中に四人は取り込まれ、数瞬後にそれが音を立てて割れて消えさったあと、石の床に倒れ伏していた。

「……テンパードに?」
 アステラが訊いた。四人は死んではいない。眠っているだけだ。
 問われたメリナは、ゆっくりと首を振った。すでに蛮神の姿ではない。
「今ここでそれをすることは、本意ではありません。ですが、もう一息で焼き切る程度には魂に影響を与えています。まずは、この真世界の意義を理解してもらいましょう」
 メリナは微笑みを浮かべた。慈しみを湛えた笑み。
 アステラは、その微笑みが世界で一番恐ろしいと思う。
「『公平(インパシアリティ)』」
「はい、聖母様」
「細部の処置は任せます。己の執着と向き合いながら、彼らに至福を与えてください。できますね?」
 すべて、お見通しだ。
 アステラの葛藤、アステラの我欲、アステラのプライド。すべてを見切ったうえで、彼女は“もう一度お前に任せる”と言っている。
 頷くしかなかった。
「お任せください。安息の夢を、彼らに」
 頷くと、メリナは空を見上げた。
 作り物の空が、無尽の光を湛えて光っている。
「予想外のことは起こりましたが、それも些細なことです。外界の者がわたしたちを認識したというなら、今がそのときなのでしょう」
 両手を広げる。女神がそうしたように。
「夢幻球の開通が果たされたとき、わたしは完全となります。それを以て、わたしたちは外界へと帰還します」
 その場にいる者全員が、改めて跪いた。
「世界のすべてを、わたしの――眠りの神の腕で抱きしめます」

7-2

 今日も一日、よく働いた。
 夕暮れの帰り道、バティストは大きく伸びをした。
 衛士などといっても、この世界には魔物もいなければ、犯罪を犯すような者もいない。もっぱら各村々を巡って、ちょっとしたもめごとの仲裁役や土木作業の指示監督をする役目だ。
 川沿いの道を歩いていると、道の向こうから見知った者が歩いてきて、大きく手を振った。
 バティストは微笑み、手を振り返して妻の名を呼んだ。
「リリ!」

「お疲れ様!」
 駆け寄ってくる妻の美しい顔を見つめる。ずっと秘めてきた恋が叶ったことが、今でも少し信じられない。
「家で待っていてもよかったのに」
 笑いながら言う。
「だって! 待ちきれなくて!」
 飛び込んでくるその体を抱き留め、背に腕を回して抱きしめる。恥じらうように、リリの腕もバティストの背に回される。
 赤く染まる川沿いの道で、若い夫婦はしばし抱き合った。

「今日もお仕事大変だった?」
「大変といえば大変だったな。でも、こういう暮らしも悪くないさ」
「戦争、終わってよかったね」
「ああ。世界はすべてアムダプールに統一された。争いはなく、魔物もいない。聖母様の愛が、邪悪に勝利したんだ。こんなに嬉しい事はない!」
 手を繋ぎながら家路をたどる。途中で行き会う村人たちと挨拶を交わして、二人は自分たちの新居へと帰った。

§

「それじゃあたし帰るけど……ここの鍵任せていい? アステラ」
「はい、お任せください、センセ」
 鞄を手にしながら、ラヤ・オ・センナはアステラ・ユーフェミアに声をかけた。
 アイ・ハヌム学園の講師室。最後まで残っているのはラヤ・オとアステラだけだ。
「お互い疲れたわね。教師稼業一日目の感想はどう?」
「どうもこうもないですよう。ずっと緊張しっぱなしでした」
 アステラが盛大に溜息を吐く。
「ふふ。まあ慣れよ慣れ。戦争はなくなって、あたしたち国家公認白魔道士の仕事なんて、もうここの教師くらいでしょ。途中で駆り出されることもないんだから、焦らずやってきゃいいのよ」
「さっすが年の功」
「なんですって?」
「なんでもないでぇす」
 二人はくすくすと笑い合う。
 魔大戦が終わり、戦場での役目を終えたラヤ・オたち国家公認白魔道士は、引退するか、アイ・ハヌム学園の教師になるかを選択できた。ラヤ・オは学園に戻ることを決め、アステラは国家公認白魔道士になりたてのまま、戦場に出ることなく学園に教師として残ることを決めた。
 その初授業が、今日だったのだ。
 ふと、ラヤ・オがアステラの執務机の上にある石板を見た。
「それはそうと、カリアス師に提出するレポート、添削してあげよっか」
「いえ、いいです。こういうのは自力でやる主義なんで」
 アステラは微笑みのまま、首を振る。先輩の申し出をきっぱりと断った。
「そういうとこは、変わんないわね。学生時代よりずっと明るくなったけど、根はマジメなのよねアンタ」
 苦笑いをするアステラに包み紙にくるまれた焼き菓子を投げてよこすと、ラヤ・オは鞄を肩に担いで扉へ向かった。
「じゃあね。根詰めすぎないようにね!」
「はーい!」
 扉が閉まる。
「…………」
 作り笑いを張り付けたまま、アステラは石板を起動させた。滑らかな表面に、魔力で結ばれた映像が現れる。
 リリとバティストだ。
 映像の中の部屋は絞られたランプの明りだけだ。薄暗い部屋のベッドの上で、二人は長い口づけを交わしていた。
 包み紙を雑に破くと、アステラは焼き菓子をかじる。
 記録された過去の映像を観るように、アステラは二人の営みを覗いている。
「ふっ……」
 抑えきれず、笑いが漏れた。
「ぁはははは! よかったねえ、バティストさん? 片想いが成就して!」
 手を叩き、げらげらと笑う。
 この配役を仕掛けたのは、アステラだ。バティストの心へ侵入し、彼の、リリへの慕情を知った。だから、それを利用する形で術をかけた。
「ねえリリ? あんたも幸せよねえ? このまま子供でも作っちゃえばあ?」
 リリには現世で夫がいることは当然知っている。そのうえで、そしてリリからバティストへの感情は『年上の幼馴染で、尊敬できる人』でしかないことを分かりながら、アステラは術を念入りにかけたのだ。
 蛮神ソムヌスの後押しがあるからこそだったが、もうそこにプライドを持ってもしょうがなかった。
「せいぜい愛し合っちゃいなよ」
 世界が本当に『純潔派』の支配する世界になったら。
「そのとき、アンタの術だけ解いてやるよ。『本当の自分の気持ち』に気付いて愕然としろ! ……ふふ……あは、あははは、あははあははははは!」

§

「いってらっしゃい、あなた」
「ああ」
 口づけと抱擁。昨夜の余韻を滲ませた唇は離れがたかったけれど、それでも二人は抱擁を解いた。
「いってくる」
 手を振り、夫を――バティストを見送る。
「さて」
 腕まくりをしたリリは、洗濯物の入った籠を手に外へ出る。小さな家だが、庭と井戸があるし、すぐそばに小川もある。今日も良く晴れている。洗濯物もよく乾くだろう。
 洗濯の最中に、道を歩く村の人々から声をかけられる。リリも、道行く人に声をかけた。
 今日も世界は平和だ。
 皆、平和の世界で、それぞれの人生を生きている。
 リリが国家公認白魔道士になったところで、魔大戦は終わった。彼女は国家公認白魔道士として戦場に出ることもなく、戦場から帰還したバティストの告白を受け入れ、結婚した。
 幼馴染の『兄さん』から、憧れのひとになって、いつしか惹かれ合い、戦場に赴く彼を心配し続けた日々だった。
 もう、帰還を心配することもない。
 彼の強い希望を受けて、リリは白魔道士を辞めた。家庭に入り、慎ましやかだけど愛に包まれる暮らしを得た。
「……これで、よかったんだよね」
 青い空を見上げ呟く。
 夢はなくなったけど、それよりも失いたくないものを得たのだから。
 そのときだった。

「それでいいの?」
 
「えっ」
 あまりにも。
 あまりにも懐かしい声を聴いて、リリは振り返った。
 そこに。
 彼女――セレーネ・デュカキスの姿を認めた途端。
 彼女の心は『ここ』ではない別の場所にあった。

7-3

 暗い空の中に、輝きが見えた。
 闇の中に、抗うように輝きを放つ、巨大なクリスタル。
 輝きは世界を蒼く染めて、いくつもの煌めきが瞬いては消えていく。
「あれは――」
 息を呑むリリの目の前に、淡く、けれども確かな力を宿した輝きが凝る。
「光の……クリスタル」
 導かれるように、両手がクリスタルを掴んだ。
 その途端。
 クリスタルは大きく強く輝いて、リリの体を光で包んだ。ソムヌスの放った、光量で押し潰すような光ではない。万物を透過する、影を作らぬ光。
 輝きのなかで、リリは気付いた。自分が『夢』を見させられていたことに。
 認識を狂わされた世界。自分の中にある、自分が迷いつつも常に選択しない、『夫の帰りを家で待つ妻』の選択。自分で選んだように思わされ、しかもその『夫』を書き換えられた。
 恐ろしい技だ。
 透過する光の中で、リリは自らの魂に付けられた呪縛――蛮神のエーテル放射によって灼かれた痕――を消していく。
 それが自分の力――『超える力』の表出なのだと、今知った。心の戒めをほどく力、灼かれた心を癒す力。
 この力があれば、ソムヌスに対抗できるだろうか。
 あの人たちを、とめられるだろうか。
 やがて、輝きに浸され、リリの姿が消える。
 青い世界に、再び静寂が訪れた。

§

 目を覚ましたリリは、再び息を呑んだ。
 なぜなら、そこはあまりにも懐かしい場所だったからだ。
 石造りの校舎。
 広場の噴水。
 並木道。
 正面にそびえる大聖堂。
「アイ・ハヌム!?」
 慌ててリリが周囲を見渡した瞬間。
「リリ!!」
 物凄く大きい声と共に、物凄く会いたかった人が飛び込んできた。
「セレー……!!」
 リリに飛びついたセレーネの頭がリリの顎に当たり、二人はそのまま芝生の上に倒れこんだ。
「うぐ……!」
「うあ……!」
 倒れこんだ二人を見て、もうひとりが手を叩いて笑った。
「あはははは! すご、感動の再会を秒で台無しにした!」
 ヘカーテの笑い声で、リリはようやく我に返る。倒れた自分にまたがるようにして身を起こしたセレーネと、こちらに歩いてくるヘカーテ。
 最後に分かれたときのままの二人が、今、リリの目の前にいた。
「痛た……ごめんリリ」
「や。久しぶり」
「どういう……ことですか?」
「うん。まあもっともだよね。とりあえず事情を説明するから……ここでいいか」
 ヘカーテがそう言うと、周囲の風景が一変した。教員寮の、ヘカーテの部屋。かつて、リリとラヤ・オがヘカーテから『世界の真実』を聞いた場所だ。
 セレーネがリリの上からどいて、リリを助け起こす。顎にぶつかった頭頂部をさするセレーネを見て、リリは何とも言えない心持になった。
 会いたいと思っていた。ずっと会いたいと思っていて、でももう叶わぬことだと納得させていたのだ。
 そう、まさに感動の再会だったのに。
 こいつめ。
 可愛いやつ。
 両手を伸ばし、セレーネの頬を掴んで伸ばした。
「むぁ!?」
 セレーネが素っ頓狂な声を出す。それに噴き出しながら、リリは親友を抱きしめた。
「――会いたかったよ。セレーネ」
「…………うん。私も」
 二人が抱き合っている間に、ヘカーテはお茶とお茶請けを用意していた。全部揃ったところで、
「そろそろいいかな?」
 と、二人に声をかけた。我に返った二人が慌てて離れる。
 それぞれ席に着くと、まずヘカーテが口を開いた。
「さて。謎な状況が続いてると思うけど、まずこちらから質問させてね。リリ、自分の『超える力』を自覚した?」
「はい。――でも、どうしてそれを? わたし自身、今さっき知ったのに」
 ヘカーテは頷いて、お茶――大麦を焙煎したオルヅォという麦茶――を一口飲んだ。
「そこを含めて、順を追って説明していくわね。あの最後の戦いの後、あなたたちと別れたあとのわたしたちが、どうなったか」

§

 リリとラヤ・オの魂が現世へと帰還しても、セレーネとヘカーテ、もともと一つの『セレーネ・デュカキス』だった魂は、星に還ることはできなかった。
 なぜなら、セレーネの魂は、この夢幻球――アイ・ハヌム遺跡に遺されていたもの――に囚われていたからだ。

「世界は崩壊したんじゃなかったんですか!?」
「崩壊したわ。『エンプーサの力を取り込んで作られていた疑似世界』はね。ちょっと複雑な話になるけど……」

 そもそも、この夢幻球がアイ・ハヌム学園の大聖堂地下に設置されたことが、すべての端緒といっていい。
 『純潔派』が創り上げたこの魔法装置は、遺跡の更なる地下に広がる巨大な地脈網と繋がっていた。地脈網は、エオルゼア各地の地脈へ繋がるように魔力回路を組まれていたのだという。

「さすがに二回の霊災を経て、機構自体は壊れてしまったみたい。でも、少なくとも魔大戦の半分――百五十年あまりの期間、それは稼働し続けた」
「地脈との接続……エーテライトのようなものですか?」
「いいえ。この機構が回収していたのは、人の魂。魔大戦で死んだ人々の魂を回収し、大聖堂の地下に蓄積させていたのよ」
「……!」

 おびただしい死者を出した魔大戦。エオルゼア中で行われたその戦いの犠牲者の魂を、夢幻球は星に還さずに回収し、地下へと捕らえ続けた。
 さらに。
 その魂を回収する方法として、夢幻球には謎の技術が用いられていた。
 『過去の一点』に留まり続けること。
 内部に構築した疑似空間を緩衝にして、夢幻球は魔大戦中の『或る日』と接続し続けている。霊災よりも前日に設定されたその日に留まることで、夢幻球は第五星歴への時間旅行器としての機能を有していたのだ。

「ここからが本番。あの日、アイ・ハヌムがマハの妖異に襲撃された日。私――もとの『セレーネ・デュカキス』は、潔斎待ちの講師としてこの学園にいて、妖異と戦った。エンプーサと相打ちになった場所が、大聖堂の中――夢幻球の真上だった」

 エンプーサは肉体を失い、セレーネへと憑依する。
 傷つき、抗する力を失っていたセレーネは、自らへ封印の術をかけた。
 誰かが自分ごとエンプーサを倒してくれることを祈って。
 それから長い時が過ぎる。封印時にすでに瀕死であった彼女の肉体も尽きたが、封印術の効果もあり、その魂はエンプーサごとソウルクリスタルと共にあった。

 この時点で、すでにセレーネとエンプーサの魂は夢幻球に囚われていた。だが、封印術によって眠りについていたために、夢幻球に完全に取り込まれることはなかった。また、夢幻球も、その内部に過去への扉を隠したまま機能を停止した。
 そして、第七霊災。 
 封印が緩み、魂ごと封じられ時を越えたセレーネとエンプーサも意識を取り戻すことになった。
 わずかに早く覚醒したエンプーサは脱出を図り、セレーネの魂に介入した。夢魔たる彼女はその本領を発揮し、悪夢を見せることでセレーネの心を壊そうとする。
 そこで、エンプーサの夢魔としての能力が、夢幻球のなかにある『アイ・ハヌムの過去の一日を写し取った疑似世界』に干渉してしまったのだ。
 偶然にも、エンプーサはセレーネに『学園時代の幸せな日々が壊れる』という悪夢を与えていた。
 その符号の一致もあっただろう。
 夢幻球は稼働を始めた。
 エンプーサとセレーネ、そして魂を分けたヘカーテが夢を繰り返すたびに、夢幻球は徐々に稼働を本格化させていった。
 そして。
 リリがセレーネのソウルクリスタルに触れたところで。夢幻球はその機能を活性化させた。

 二人と、それからセレーネとヘカーテの魂は、夢幻球の“扉”をくぐった。いや、本人たちが気付かないうちに、扉をくぐらされていた、と言ったほうが正しい。
 取り込んだエンプーサの『夢を操作する能力』。
 夢幻球が有する『過去への干渉能力』。
 それらを以て、彼女たちは本当に過去のアムダプールに飛び、エンプーサの筋書きとヘカーテの干渉は“現実”のものとなった。
 本当に、リリは十七年、ラヤ・オは二十五年余りの時間を費やして、生まれ、学び、戦っていたのだ。
 エンプーサによる疑似世界であると同時に、現実。ヘカーテが意識していた『最後のループ』は、その開始時点から現実と二重写しになっていたのだ。
 細かな改変が行われた。
 本来、妖異が襲撃してくる時点で存在しているのは、『国家公認白魔道士のセレーネ・デュカキス』なのだが、そこがヘカーテに書き換わり、セレーネは生徒として存在することになった。
 ヘカーテが名前を借りた従姉のヘカーテ・イーヴィスがどうなったのか、セレーネの両親がどうなったのか。『書き換え』の詳細が分からない限りそこは不明だ。 
 この二重構造は、一方の管理者であるエンプーサが倒れたことで終わった。
 エンプーサの作り出した(夢幻球が後押しした)疑似世界は崩壊し、リリとラヤ・オの魂は本来の肉体へ帰還。ふたりは、現世へと還った。

「ここから、話はふたつに分かれる。現在と過去ね。まずは過去からいこう」

 “現実”になったアイ・ハヌムでは、妖異の襲撃をどうにか退けた。
 大きい犠牲が出た。
 何人もの生徒や講師が死亡した。
 リリたち四人は、そこで死んだと考えられている。
「…………つまり、レフくんやアステラがわたしのことを憶えているのは」
「そう。私たちが過去に本当に存在していたから。過去と夢が交錯した世界だったのよ」

 一方、現在では。
「リリたちを見送った後、私たちは今いるここに戻ってきてしまった。それで気が付いたの。エンプーサだけではない、もっと強力なモノに囚われているんだ、って」
 二人は疑似世界の内部をくまなく調査し、以前は侵入できなかった大聖堂への侵入を果たした。
 そこで、今説明した情報を入手したのだ。
「現実で何が起きてるかはわかってる。向こうから、夢幻球側に接触があったからね」
「彼らは、何を目的にして夢幻球を……? 学園長……蛮神ソムヌスは、『永遠の眠り』『絶対の安息』って言っていましたが……」
「この夢幻球が第五星歴の『或る日』に楔を打ち込んでいるのは、大聖堂の地下に蓄積された、おびただしい量の戦死者の魂を利用するため。すべての魂を蛮神が吸い上げたとしたら」
「それは……! もう誰にも止められない最凶の蛮神が生まれてしまいます!」
「そう。だから、彼らは今、夢幻球の“過去への扉”を開通させようとしている。私たちはそれを夢幻球側の魔術防壁のように見せて妨害しながら、あなたにずっと呼びかけ続けていたの」
「わたしに……?」
「リリはね」
 今までずっと説明をヘカーテに任せていたセレーネが口を開いた。
「リリの力はね、エンプーサの攻撃で崩壊寸前だった私たちの魂を癒してくれたんだよ」
 セレーネが微笑む。
「だから、私たちはあなたにその力があると知っていた」
「……たぶん、レフくんもね」
「レフくんも?」
「うん。レフくんは夢幻球の解析に立ち会ってる。だから、自分たちの知らないところで何があったのかと、リリがエンプーサと夢幻球の記憶改変を破ったことを知ってる。リリのこの力も、ひょっとして予想していたのかもしれない」
 あのとき。
 遺跡で再会したエレフテリオスは言った。 
――『夢幻宮』へ来るんだ。君なら、あるいは。
 あれは、そういう意味だったのか。だとしたら、エレフテリオスとは対話ができるかもしれない。
「私たちはこちら側で、夢幻球の停止を試みてみる」
 ヘカーテが言って、リリに真剣なまなざしを向けた。
「それでも、それが成功できたとしても、蛮神ソムヌスの『今』の強さは変わらない。本当は、どうにかして一緒に戦いたいけど……」
 セレーネも、不安そうな面持ちでリリを見ている。リリは微笑んで首を振った。
「夢幻球を停止させなければ、本当にわたしたちに勝ち目はなくなります。なので、こちらをしっかりとお願いできれば心強いです」
 ヘカーテの手を握る。顔を寄せてきたセレーネと額を付け合う。
「どしても大変だったら、呼んで」
「うん。ありがとセレーネ」
 それから、リリは立ち上がった。目覚めたばかりの力が、熾火のように自分の中に“ある”ことを感じる。今はそれを信じるしかない。ハイデリン――マザークリスタルがなぜ自分にこの力を与えてくれたのかはわからない。が、それを思索するのは後でいい。
 今は、戦わねばならない。
 リリは決意を込めて言った。
「行きます……!」

『Sweetest Coma Again』7(後)へ続く
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