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なぜソル帝は演劇を愛したのか、あるいはなぜ彼は”心変わり”を起こしたのか

Öffentlich
聞いて、感じて、考えてみたら5000字超えてた


6.0超ネタバレです!
未クリアの方は引き返されたし!



























FF14 暁月のフィナーレが古代ギリシアをおおいに参考にしているという話です。


暁月、面白かったですね。
エメトセルクやヴェーヌス、ヒュトロダエウスやヘルメスがとても魅力的なキャラクターでした。
とりわけ、

「私は、『不可能』を信じていない」

「だが……、自分からそれを投げ出すような真似を、私がすると?ずいぶんと侮ってくれたものだな……!」


と未来の自分の行為を断ずるヴェーヌスとエメトセルクは、矜持に溢れ、自身の生の在り方に対する強い自負で強烈な個性を持っているように感じました。


ヴェーヌスについては、「ゾディアークが消滅してしまった場合の保険」であったことが明かされていますが、エメトセルクの心はいかにして変化したのでしょうか。
この点について考えるために、暁月においておおいに参考にされた古代ギリシア文化を補助線に、考察の一助となるかと思いクソなが感想文を書いてみます。





ハデスからしてそうですが、ヘルメスやヴェーヌス(アフロディテ)、エウクレイデスやソクラスという人名、あるいはイデアであればプラトンですし、デュナミス(可能態)とエネルゲイア(現実態)、それが十分に機能を発揮できた状態をエンテレケイアと読んだのはアリストテレスで、FF14 における古代人は古代ギリシア(のアテネ)をモデルとしていることが分かります。*1

またはオールド・シャーレアンの哲学者議会から、あるいは広場(アゴラ)に集まり議員たちが議論していたことに由来する哲学者の広場、またはパルテノン神殿っぽいドーリア様式の石柱など、こちらにも古代ギリシアを想起する人は多いかもしれません。



古代ギリシアをモデルにした二つの都市文化、しかしいずれも古代ギリシアを古代ギリシアたらしめたその"本質"を欠いていると感じた方も多いのではないでしょうか。
それは直接民主制と、それを可能とする文化的素養の欠如です。



古代ギリシアの市民文化は、ギリシア市民*2たちが都市国家単位の政治について直接議論し、決定します。それを可能とするためには、議論の前提となる共有された知識が必要です。
彼らは「聞いて、感じて、考える」必要性があったのですね。
そして、それを「話し合う」ことにより知識を共有していたのです。
特に善悪に関して、または人間がそもそも生きる意味について、考える必要がありました。
彼らのそのような文化を可能にした下地として、軍事力と奴隷制度により作り出された余暇(スコラ、school の語源ですね)があったわけですが、これらはイスラム世界を経由し2000年後のルネサンス以降の西洋の思考を規定するほどの影響を与えています。


そんな古代ギリシア精神の涵養におおいに影響を与えた、むしろその屋台骨であったものが、古代ギリシア演劇です。
アリストテレス曰く、「悲劇は優れたものを描き、喜劇は劣ったものを描く」、前者では時代を超えた人間の本質(あるべき姿)を、後者は風刺による政治批判などが描かれました。
重要視されていた点は、演劇への参加です。
それは観るのみならず、演じ歌うことも指します。専業の役者というものは無く、ギリシア市民たち自らが演じていたのです。
民会(政治を決定する空間)が任意参加であったのに対し、演劇への参加はギリシア市民にとって義務であったという私見を聞いたこともあります。
そして、観劇後にその内容についておおいに議論する姿が、プラトンの『饗宴』の中でも描かれています。
聞いて、感じて、考えて、そして議論する。
演劇を通じ、善や悪を論じ、思考し、そして人が生きるにたる理由を都度確認していたのです。




話を戻しましょう。
オールド・シャーレアンにおける哲学者議会は、そもそも代議制ですし、混乱を避けるためとはいえ知の独占により他の人々に考えさせ議論させるきっかけを与えようともしない点が、古代ギリシア精神に反するように思えます。
一方で古代人たちはどうでしょう。
古代人たちの価値観については、ヒュトロダエウスにより以下のように語られています。


「我らは星の意思であり、細胞である……。この生命こそが星に流るる血の一滴、己が身のごとく星を育め……。それがワタシたち『人』の役割だよ。星を善くすることで、そこに生きるすべてのものが、幸せでいられるようにするわけだね。」


価値判断は論じませんが、この唯一無二の価値観に対して違和感を抱き、「命の意味」を思考しようとしたものがヘルメスですね。



オールド・シャーレアンでもそうですし、古代人たちもそうですが、一つのことを宗教的に盲信し他の者の考えを考慮に入れないという姿勢は、何度も何度もFF14 内で繰り返されたテーマに反するものです。
暁月においても、アルフィノがしつこく説教臭く繰り返していましたね。

かつてヴァリス帝による公開圧迫面接会で激詰めされたことを振り返り、アリゼーは彼の思想を


「……強くて、寂しい理想だった。彼の敷こうとする世界に、帝国民になれない他者は存在し得なかったのよ」


と、アルフィノとの会話のなかで喝破します。

また、ラグナロクのエーテル供給を解決した蛮族たちによる、


「アンタたちは、オイラたちの信仰が暴走してたら止めてくれた一方で、悪いものだからやめろ~とは言わなかったでしょ~?ときには、ちょっとわかろうとしてくれたりさぁ~、あれ、嬉しかったんだよねぇ~。だから、オイラたちの神様が、本当は誰かを傷つけるためにいるんじゃないってこと、アンタたちに見せてあげるよぉ~!」




という台詞にも、他者を理解しようとすることの重要性が強調されていると言えます。

そして、ヴェーヌスは冒険を通じてそれを体感していたのでしょう。
さまざまな境遇の人に出会い、困難に苛まねれ、生を手放そうとする者たちを。

「不完全なるものは それゆえに 終わらぬ探求の旅を続けるのだ」

終焉へと立ち向かう手段として、世界を”新生”し、そして冒険を私たちに提供したのです。

聞いて、感じて、考えて、そして人々と出会いお喋りしよう、自身とは異なる価値観に出会おう、と。





人々が紡いだ物語を表象させる手段は、ゲームでも漫画でも映画でも文学でも可能です。
しかし、生身の人体を介してさながらシャーマンのように2000年以上前の物語を再現することができる、それが演劇の持つ機能です。
そして、これから先の未来、わたしたちの時代の演劇(戯曲)が再現されることもあるでしょう。

「歴史」という言葉には、たった百年にも満たない命が、語り手を介することにより永遠に上演される可能性を示唆する意味もあります。(表象可能性)
どうせ死ぬのだからと考えてしまうと、「命の意味」みたいなものも唾棄されてしまいます、どうせ死ぬんですから全ては無意味と、当然ですよね。
これはメーティオンの問いでもありましたね。
それに対して、人類皆で紡ぐ巨大なプロジェクトとしての「歴史」の構成員であるという自覚を持てばどうでしょうか。

自分の命は、未来に生きる人達にとっての歴史の1頁となります。
大げさな話ではありますが、このような理由から、社会にとって文化は重要な役割を果たしている、あるというだけで役に立っていると言えるのではないでしょうか。

漆黒のヴィランズを思い出してみてください。
第八霊災後の終わることなき戦争の時代。
クリスタルタワーが起動される200年間もの騒乱の時代を、人々を支えていたのはかつての英雄の物語でした。

あるいは、卑近な例をあげるのならばFF14 でしょう。
ヴィデオゲームの歴史はまだ短いのですが、いずれは「20世紀から21世紀から人々に親しまれた娯楽」として、歴史的資料になるのではないでしょうか。(収集自体はすでになされていますね)
私たちはそれについて語る、つまりはそれを伝え、そしてそれがまた伝わっていく。
このように、すでにして私たちは口伝の歴史の担い手となっているのです。



演劇と直接民主制、つまり聞いて、感じて、考えることへの解釈は以上となります。
では、それを踏まえた上で、エメトセルクにとっての演劇とはなんであったかを考えていきたいと思います。


エメトセルクが文化育成に力を入れており、特に演劇への関心が強かったことは台詞回しや身振りから分かります。
また、ガレマール帝国元皇帝、ソル・ゾス・ヴァルガスが文化育成に力を入れていたという台詞も、劇場艇プリマビスタのNPCから聞くことができます。


アシエンの目的は過去に14に分割された世界を一つに統合することなはずですが、なぜ”無駄で役に立たない”文化育成なんかに力をいれていたのでしょうか。
また、エルピスにおいて過去のエメトセルクは、未来の自分の行動を「この私」とはかけ離れたものであり、世迷い言と切り捨てていました。
過去と未来の心境の変化の鍵が、古代ギリシア風だが決定的に欠けていた要素、つまり演劇にあるのではないでしょうか。

虚構の世界で戯曲通りに振る舞う、”不完全な命”たち。
アシエンは裏方として真に達成されるべく目的のために暗躍し続ける。
そんな長い"冒険"の中で、"不完全な命"たちがなぜこうももがき苦しみながらも生きているのか疑問に思ったのではないでしょうか。
ハイデリンが冒険の中で人々と出会ったように。

そして、エメトセルクは英雄に出会います。
そしてそれは、アシエンになった彼にとって、初めて話し合うことが出来る人物だったのではないでしょうか。
だから、重要な情報をああも軽々しげに面倒だ厭だと言いながら語ってくれたのではないでしょうか。*3
そして、「殺し合う以外の道」もあるかもしれないと、自ら舞台に立ち、助演俳優として振る舞います。
さらにはヴェーヌスにより魂を残され、語り手として、そしてまたも舞台に立ち戻り、最後に冒険者たちの次の冒険の行く先を示唆していきます。


アシエンとして活動する長い年月の中で起きた変化、それがギリシア風の演出とその間隙を埋める演劇にあったように思いました。
もちろん、演劇はゲームのメタファーでもありますね。
そして2000年以上も前の世界で、演劇を通じて、聞いて、感じて、考えて、皆の社会について論じていた人々を想起させるものでもあったように、個人的には感じました。


他者を理解しろとかうっせーわ知らんわ戦闘楽しいやろというゼノスや、固定概念を揺るがす主人公ポジションのヘルメスについては、筆が乗ったときに書こうと思います。

では最後に、16世紀の劇作家、シェイクスピアの『お気に召すまま』より、一節引用して終わりにしたいと思います。
ご覧頂きましてありがとうございました。


この世は一つの舞台だ。
すべての男も女も役者にすぎない。
それぞれ舞台に登場しては、消えていく。
人はその時々にいろいろな役を演じるのだ



*1 なお,プラトンのイデア論は我々が肉体的に感知しているのはイデアの似像であり,実在するイデア(本質)そのものは知覚できないというもので,「我々は暗い洞窟の中に在り,背後の光源に照らされたもの(イデア)の影を知覚しているに過ぎない」という話が有名ですね.それに対してアリストテレスは師であるプラトンのイデア論を真っ向から批判します.本質は実在に内在している.卵(デュナミス)が鶏(エネルゲイア)になるように.これ以外にも古代ギリシアにおいては,万物の根源(アルケー)に関する議論が盛んにおこなわれていました.


*2 ギリシア市民権は成人男性にのみ与えられます。つまり、女性、奴隷、外国人、未成年には与えらません。


*3しかしそこはRPGゲーム、我々は選択肢で応えることしか出来ない、という構造も面白いですね。暁月をプレイしクリアしたことが、君への返答だと考えておきましょう


(2021,12,19 ちょっと改稿)
Kommentare (2)

Chiki Tan

Alexander [Gaia]

相変わらず面白いぃ!
プレイ後に読むと振り返りが楽しくなる記事No.1として推していきます。
個人的に嬉しかったのはソル帝が文化育成に力を入れていた事についての考察。ここは自分ではなかなか納得のいく理由が見つけられずモヤモヤしていたけど、ざっきさんの考察はとてもしっくりきました。気持ちよく眠れそうです
スッキリ!200000いいね!!

Zakki Ki

Alexander [Gaia]

>ちきたんさん
毎度のことながら、長いのに読んでいただいてありがとうございます。

ソル帝が演劇好きで公的支援までしていたのはずっと気になってて、暁月の古代ギリシア趣味を見てからずっと上記のようなことを考えながらプレイしていました笑
お楽しみ頂けたのなら幸いです!ゆっくり眠られてください笑
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