前回↓
http://jp.finalfantasyxiv.com/lodestone/character/1337941/blog/1572660/ 財布と心にダメージを受けて憔悴した様子のアルベリクと別れ、セナとリノは先に取ってあった宿部屋へと向かう。といっても、酒場の二階が宿部屋となっているから、屋外の石造りの階段を登るだけなのだが。
雪が降り積もった石階段は見るからに滑りそうだが、本当に危険なのは翌日の朝だ。降り積もった雪は真夜中に凍り付き、透明な氷の膜となってへばり付く。一見すると濡れているだけのように見える為、雪国に来たばかりの旅人は必ず一回はこの天然の罠に引っかかり、盛大にすっ転ぶ。
「酔っ払ってるからって、階段でひっくり返るなよ」
もっとも、凍り付いていないからといって、滑らないわけではない。さっさと階段を登ろうとしているリノに声を掛ける。雪のせいで滑りやすくなっている上に、この連れはご機嫌な酔っ払いなのだから、注意しておくに越したことはない。
「大丈夫じゃ」
セナの言葉に、リノは振り返ることもなくさらりと返してきた。そして、そのまま階段に足をかける。気を付けろ、と言葉を続けようとした瞬間、先を行く彼女の体がぐらりと傾く。
「おいっ!」
足が滑ったのか、体勢を崩しかけた彼女をセナは後ろから抱きとめる。
やれやれとため息を付いて、リノをたしなめようとした所で彼女がにやにやと笑っているのに気が付いた。
「もし私がひっくり返りそうになっても、ぬしが支えてくれるんじゃろう?」
「……お前なぁ」
体勢を崩すように見えただけで、実際は自分を慌てさせるための演技だったらしい。そして、自分はまんまとその罠に引っ掛かってしまった。リノが酒に酔って油断していると思ったのだが、実際に油断していたのは自分の方だったらしい。
「ところで、ぬしよ」
「……ん?」
「いつまでそうしておるつもりじゃ?」
どこか甘く、魅惑的な香り。それを台無しにするように残念な酒の臭いが加わった香りがセナの意識をエオルゼアへと引き戻す。何か言い返してやろうと考えていたセナは、自分がリノを抱きとめたまま固まっていたことを思い出した。
「あ、あぁ……すまない」
慌ててリノから離れ、また何かを言われるのではと構える。が、リノはそんな様子のセナをまるで相手にせずさっさと石階段を上って行ってしまう。今までの経験から考えるに、ここでさらに絡んでくると思っていたのだが……。
「何をしておる。そんな所で突っ立っておると、風邪を引いてしまうぞよ」
それに、とリノはさらに言の葉を紡ぐ。
「火照った顔を冷やしたいのならば、顔に氷水でも被ればよかろう?」
「……そうかもな」
リノのかまかけにさらりと返し、セナも石階段を上る。
こんな見え透いた罠に何回も引っ掛かるほど、自分は馬鹿ではない。それに、ここまで散々リノにからかわれてきたのだから、自分でもさすがに少しは学習する。
「なんじゃ、つまらん。……じゃがな」
リノの声に顔を上げた瞬間、顔面目掛けて白い何かが飛んできた。慌てて右手で受け止めようとするが、急な事で反応が遅れ、顔面に冷たい感触が広がる。
「くそ、何をするんだ」
「……どうやら少しは学習したとみえるが、私に勝てると思っておるのならば大間違いじゃ」
セナは顔面と前髪にくっ付いた雪の欠片を払い落とし、リノに詰め寄ろうとするが、リノが口の端で小さく笑ったのが見え、思わず階段の途中で立ち止まる。
「一応言っておくがの、ぬし。顔が火照っているというのは本当の事じゃからな」
「え……」
その言葉で、思わず手を当てて確かめそうになったが、途中で思い留まる。そんな様子のセナを見たリノが小さくため息をついた。
「嘘ではないと言っておるのに……単にぬしが酒に酔ったせいで顔が火照っていただけじゃろう」
言われてみれば確かにそのとおりだった。
アルベリクの奢りだということでいつもよりは酒が進んだのだから、顔が多少赤くなっていてもおかしくはない。そのことに気が付いてさえいれば、付け込まれないようなうまい返しを思いついたのかもしれない。
「ま、ぬしが私をほんの少しばかり抱いただけで、顔が朱に染まるというのであれば、それはそれでからかい甲斐があるというものじゃがな」
そう言ってからからと笑うと、さっさと宿部屋の扉を開けて中に入り、戸口の所でこちらを向き直った。
「ほれほれ。そんな所に突っ立っておると風邪を引いてしまうぞよ」
リノに促され、セナも宿部屋の中に入る。吹き込んでくる寒風を分厚い木製のドアで防ぐと、部屋が徐々に暖まり始めた。下の酒場にある暖炉の煙突が部屋の傍を通っているおかげだろう。造りが甘いと煙が漏れ出してきたりするのだが、そういった心配も無くとても快適だ。
「さて、私は先に寝るがぬしはまだ起きておるのかや?」
「おい、まだ寝るなよ。明日の打ち合わせもまだしていないだろう」
イクサル族の陣地に潜入するのだから、しっかりとした準備と打ち合わせが必要だ。準備を怠ったまま危険な場所に赴いても、待っているのは死だけだ。
ベッドに横になり、さっさと寝ようとするリノを引き止める。しかし、彼女は顔を上げもせず、そのまま毛布に包まってしまう。そして、くぐもった声で言葉を返してくる。
「その辺の事はぬしに任せる。それくらいならぬし一人だけでもできるじゃろ」
「確かにそうかもしれないが、お前もついて来るんだったらその辺の段取りもしておかないといけないだろ」
セナがそう言うと、リノはしぶしぶといった様子で毛布から頭だけを出した。そうしていると、茶色い毛布のせいでミノムシに見えてくる。実際の所、こんな酒臭いミノムシがいるとは思えないが。
「ぬしに任せると言っておるじゃろ。それともぬしは酔っ払いの意見でも取り入れてくれるというのかや?」
「それは……」
そうだ、と言いそうになったがセナは思いとどまった。もっとも、肯定したところで別段問題はないのだろう。リノの顔には今にも寝てしまいそうだと書いてあるから、余計な揚げ足を取る元気もないはずだ。
「ふぁぁ……。とりあえず、明日の事は全てぬしに任せるからの。私はもう限界じゃ……」
リノは大あくびと共にそう言うと、頭まで毛布を被って本格的に寝る体勢に入った。
さすがにここでまた引き止めては恨みを買うだろう。それに酒と眠気で頭が一杯の彼女の意見があったところで、明日やるべきことはそう変わらないはずだ。
そう結論付けて、セナは部屋に設えられている簡素な机の前に座り、荷物から紙を取り出す。
「とりあえず明日の朝に買っておかないといけない物は書き出しておかないとな……」
迫ってくる眠気と格闘しつつ、リストを完成させた頃にはすっかり夜も更けてしまっていた。気持ち良さそうに寝息を立てる相方の事を恨めしく思いつつも、隣のベッドに潜り込むと睡魔があっという間に意識をさらって行った。
翌日、またしても二日酔いで具合が悪そうなリノは昼を過ぎるまでベッドから出てこず、結局セナがすべての準備を自分だけでやることになったのだった。