【はじめに】Zum Anzeigen klicken Zum Verbergen klicken
プロローグ古より精霊たちの棲む森といわれる黒衣森(こくえのもり)。
その北端のピースガーデンと呼ばれる土地にハーストミルという名の集落があった。そこは、周辺の街に比べて規模も小さく、これといった特色もない平凡な集落だったが、市街地の喧噪を離れて平穏な日々を静かに過ごしたいと願う者には、うってつけの場所だといえるかも知れない。
めぼしい産業はこれといってなく、強いて挙げるとするのであれば、集落にはひとりの武具職人が工房を構えており、それがこの集落で唯一の「産業」と呼べるものだった。
その武具職人は無愛想なうえ、粗野な性格の持ち主で、仕事終わりの晩酌を何よりも楽しみにしている男だった。自身のことを武具職人と称してはいるが、そのじつ武器よりもヤカンを製作していることの方が多く、職人としての腕前も含め身上不詳な点が多い。
もとよりグリダニアの出身ではなく、どこからともなくこの集落に流れ着くと、そのまま集落のはずれにある粗末な空き家に住み着いて現在に至っている。
そして、その武具職人のもとには、弟子と思しき若い男が居候しており、その名をドレイクといった。
当初、弟子をとることを嫌った武具職人の男は、弟子にしてほしいと頼み込む若者をけんもほろろにあしらっていた。しかし、何度断ってもしつこく食い下がる若者に根負けしたか、彼が小屋の隅に居座って下働きを始めても、力づくで追い出そうとはせず、目の前でハンマーをふるう若者の手先をただ無言で見つめていた。
月日は流れ、この奇妙な師弟関係も、ハーストミルにおける日常の光景となっていたある日のこと、この若い弟子が注文品を出荷するため、グリダニアに向けて出発しようとしていた。
これから始まる物語は、とある武具職人の若い弟子が「杜の都」グリダニアで織りなす「運命の輪」の物語である。
【外伝(杜都編):第一話】武具職人の弟子「・・・あの、お師匠様。お取り込み中のところ、すみません」
師匠と呼ばれた男は「あぁン?」と面倒そうに答えると、呼びかけてきたドレイクに視線を向けることもなく、鉄床(かなとこ)にハンマーを振り下ろし続けた。
「先日、グリダニアの黒檀商店街(こくたんしょうてんがい)から発注のあったヤカンですが、これから商品を出荷してまいります」
「・・・おぅ、道草すんじゃねェぞ。まだ作らなきゃなンねェ注文が山と残ってるンだからな」
「はい、日暮れまでには戻ってこれますので、残りは帰ってから作業いたします」
ドレイクが、ヤカンの詰まった背嚢を背負い出発しようとしたところ、男はそれまで小気味よく鉄床を打っていた手を止めて「代金を受け取ったら、アレを忘れるンじゃねェぞ」と、若い弟子を一瞥してそう言った。
「はい、わかりました」
ドレイクは師に振り返ってそう答えると、そのまま鍛冶場を後に歩きだしていった。
ピースガーデンの森を二刻ほど歩き続け、頭上を照らす陽の光がそろそろ天頂に達しようとしていた頃、ドレイクはグリダニアの黄蛇門(こうじゃもん)にたどり着いた。そのまま門を抜けて黒檀商店街のある旧市街地に向かって整備された街路を歩いていると、ドレイクは市街地の中がいつもより物々しい雰囲気に包まれていることに気がついた。
歩きながら街中の様子を窺っていると、双蛇党の衛士たちにとどまらず、幻術士までもが慌ただしく街中を駆け回っている。ドレイクは訝しげに思ってみたが、日暮れまでにハーストミルに戻らなければならなかったこともあり、そのまま黒檀商店街に店を構える交易商人のもとへ向かうことにした。
交易商人の店にたどりつくと、ドレイクは背負っていた背嚢を下ろして、いつものように店の奥にある棚に注文品を置きはじめた。
「無理を言ってすまなかったのぅ。おかげで助かったのじゃ」
この店の主であるララフェル族の交易商人は、慣れた調子で真鍮製のヤカンを陳列しているドレイクに、申し訳なさそうに声をかけてきた。
「今回は急に大量の注文が舞い込んでしまったのじゃ。あちこちの工房に声をかけてみたんじゃが、なかなか数が揃わなくてな・・・」
「いえ、お役に立ててなによりです。こちらこそ、いつもご贔屓にして頂いて感謝しています」
納品されたばかりのヤカンを手に取り、その出来映えを頷きながら確かめている交易商人にドレイクは微笑んでみせた。
実のところ、今回は納期が短かったため、期日までに注文数を揃えるのが精一杯だった。そのため極上のマルドティーが20秒で沸かせられる程度の品質でしかなかったのだが、商人は特に気に留める素振りもなくヤカンの出来映えに満足してくれていた。
そんなやり取りを交わしていると、すぐ隣の薬剤店に若い衛士が駆け込んできた。治癒ポーションを大量に購入すると慌ただしく戻っていく。そんな光景を不思議そうに見ていたドレイクに、商人が事情を説明してくれた。
「今日は近くで魔物の襲撃があったらしいのじゃ。なんでもウォーレン牢獄で怪我人が大勢でたらしくてな、衛士たちは朝からは大騒じゃて。西部森林ではイクサル族が侵入したという話も伝わってきておる。お前さんも帰り道には十分気をつけたほうがよいじゃろう」
そう言うと、交易商人は奥の木箱から革袋を取り出すと、それをドレイクにそのまま手渡した。受け取った革袋の中身を確認し、腰のポーチに大事そうにしまうと、ドレイクはお辞儀をして交易商人の店を出ていった。
「若いながら見所のある職人なのじゃが、師があの男ではな。惜しいのぅ・・・」
ドレイクの後ろ姿を見送りながら、ララフェル族の交易商人はそう小さく呟いた。
黒檀商店街を出たドレイクは、黄蛇門のある旧市街地とは逆の新市街地に向かって歩いていた。いつものようにカーラインカフェに立ち寄り、師より頼まれていたエールを買って帰るためだった。それに、ドレイクは、まだ朝から何も口にしていなかったため、休憩がてら早目の昼食を摂っていこうと思っていた。
「いらっしゃいませぇ、ご主人さまぁ!」
カーラインカフェの入り口にたどり着き、店内の様子を伺っていたドレイクに気づいた店員が、愛らしい声で出迎えてきた。その若いミコッテ族の女性店員は、ドレイクを奥のテーブルに案内すると長めの尻尾を左右に振りながらドレイクに注文を促してきたのだった。
「ご主人さまぁ。本日はご休憩かにゃ? それともお泊まりですかにゃ?」
そう笑顔で言うと、その店員は小首を傾げながらドレイクに顔を寄せてきた。そのはずみで、亜麻色のサラサラした長い髪がドレイクの頬をこすると、普段から若い女性と接することがないドレイクは、体を緊張させると思わず上擦った声になってしまうのだった。
「あ、あの・・・一番安い食事をひとつ。それから、エールを・・・ふ、ふた樽っ」
そんなドレイクの様子を見て、その若いミコッテ族の店員はクスクスと笑う。注文を訊き終えると「毎度ありがとうにゃ~」とドレイクに頭を下げ、そのまま厨房の方へ跳ねるように走っていった。
すっかり上気し顔を赤らめていたドレイクは、大きな息をひとつ吐くと、うっすらとかいた額の汗を左手の甲で拭った。
「あら、当代随一な職人様のお弟子さんが、こんなところへお使いかしら?」
不意にうしろから声をかけられ、ドレイクが驚いて振り返ってみると、そこには見知った顔のヒューラン族の女性がドレイクに視線を投げかけていた。
【外伝(杜都編):第二話】女商人ロウェナ へ続く
【第六話】不穏な報せ に戻る
【あとがき】Zum Anzeigen klicken Zum Verbergen klicken
まだ本編をご覧になっていない場合は、先に本編である『もうひとつのエッダの物語』をお読み頂いてから、本稿をご覧頂くことをお勧めいたします。
〇『もうひとつのエッダの物語』および外伝の相関関係
【第一話】杜都グリダニア
【第二話】大地、そして風と水と
【第三話】不審者を追え!
【第四話】ウォーレン牢獄の影(前編)
【第五話】ウォーレン牢獄の影(後編)
【第六話】不穏な報せ
【外伝(杜都編):第一話】武具職人の弟子 ※本稿
【外伝(杜都編):第二話】女商人ロウェナ
【第七話】大樹で蠢く闇の鼓動(前編)
【第八話】大樹で蠢く闇の鼓動(後編)
【第九話】Re:光の戦士
【外伝(杜都編):第三話】この冒険者に福音を
【第十話】そして世界へ
【第十一話】海都と砂都と
【外伝(杜都編):第四話】砂都への誘い
【外伝(杜都編):最終話】行って帰ってくるだけの物語
【第十二話】グリダニアからの旅立ち
【外伝(砂都編):第一話】ある冒険者たちの物語
【第十三話】冒険と日常のあいだ(前編)
【第十四話】冒険と日常のあいだ(後編)
【外伝(砂都編):第二話】冒険の仲間たち
【第十五話】夢見る指輪
【第十六話】冒険者たちの饗宴
【外伝(砂都編):第三話】剣に生き、剣に泣く