パンドラの箱(甕)の話は災いが詰まっていたが最後にエルピスが残ったとするギリシャ神話と、祝福が詰まっていたがエルピスだけが残ったとするイソップ風寓話集が有名である。
だがどうも、このどちらでもない話を子どものころに読んだ覚えがある。
恐らくは子供向けのギリシャ神話紹介本だったと思うのだが、ギリシャ神話とイソップ風寓話を混ぜた様な話だ。
覚えてる範囲での内容はこうだ、神が生き物に与える能力の詰まった箱を持っていたが、もはや配るべきでない災いばかりが残ってしまっていた。ある時箱が開かれあらゆる災いがまき散らされたが、”未来を見通す能力”だけは箱に残ったため人は未来の事を知らず故に絶望せずに済んでいるのだ、というようなもの。
箱の中身が災いであるというギリシャ神話と、祝福であるというイソップ風寓話を混ぜた上で、解釈の別れるエルピスを”未来を見通す能力”という分かりやすいものにした子供向けの話かなぁという気はする。
もともとエルピスは「予兆」とも「期待」とも「希望」ともとれる言葉であり、災いが詰まっていたのだからエルピスもまた災いであるという解釈においては災厄の予知と解されるのでそこから来ているのだろう。
いずれにせよ生き物に与える能力が詰まっていたというところがギリシャ神話ともイソップ風寓話とも異なる話だが、14におけるエルピスは生き物に様々な能力を与えた上で検証する実験場であるというのが似ていたので思い出した次第である。
14においてエルピスは到達前のヒカセン達にとっては”最後に残った希望”(エルピス)であり、古代人にとってはヒカセンが”悪いことの予期”(エルピス)であるとも解することができ面白いなぁと。
この辺を知った上で見返すとヴリトラが語るミドガルズオルムの、この星こそが最後に残った希望という台詞もエルピスを連想させる言葉として配置されてるんだなと、そんなことを考えたりもした。
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