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ShortStory:『新しい芽』

Öffentlich
※小説です

グリダニアの見習い革細工師の出来事をお話にしてみました。
約6000文字ほどの文章です。




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『新しい芽』


「セシリア!なんどいったらわかるんだ!職人が手の汚れなんか気にするな!そんなに嫌なら革職人なんてやめちまえ!」

 私の指導をしている上級職人が私を怒鳴りつけた。
 私は作業場を飛び出した。


***


 私は寮の自室に戻ると少なくない私物を詰めてパンパンにしたカバンを背負った。
 大事な物は持ったはず、と部屋を見渡す。
 壁際に紐を渡して干してあるハーブがあった。
 今年、この街に来てから私が摘んだハーブだ。
 それも束ねて紙に包み、空いた手に持って部屋を出た。

 こっそりと出るつもりが、寮の玄関で仕事から戻った先輩職人と鉢合わせしてしまった。
 夜逃げのような大荷物の私を見て驚いた顔をしている。
 誰とも会いたくはなかったが、「お世話になりました。もう戻りません。」そう言って寮を出た。

 革細工士ギルドを飛び出したものの行く当てのない私は、木工師ギルドの友人のところに転がり込んだ。

 と言っても、友人も見習いの徒弟でしかなく木工師ギルドの寮住まいであるところを無理に泊めてもらっている。友人も初日こそはたいそう同情してくれて何かと気を遣ってくれたし、二日目も私の持ち込んだハーブティーを美味しい美味しいと喜んでくれた。だが、三日もたつと、毎日仕事に精を出す友人を尻目に狭い寮の部屋で所在なげにすることに居たたまれなくなり、私は諦めて生家へ帰ることにした。


***


 私の両親は森都グリダニアにほど近い村で木工の仕事をしている。
 二人とも木工ギルドで修行をして結婚を機に父の故郷の村で仕事をするようになった。
 村での木工師としての評判はよく、特に母は若い頃にギルドで表彰されたことがあるそうだ。
 その時に記念にもらったというグリダニアの有名ブランド「フェン・イル」のバックを、母は大切にしていた。
 小ぶりながらも艶のある革を上品に使った綺麗なバック。
 小さな頃の私は「私もお母さんみたいに表彰されてバックをもらうの!」そんなことを言っていた。

 でも、長じるにつれ、それが叶わないだろうことに薄々と気づいてしまった。
 子供の頃から、なにかと両親の木仕事の手伝いをさせてもらっているが、私はどうしようもなく不器用だった。
 ギルドで修行するうちに上手くなるから、そう両親は言ってくれたが、そうなれないだろうことを私はわかっていた。
 それに少し上手くなったくらいじゃだめなんだ。
 お父さん、お母さんと同じくらい上手くならないと。
 そうでないと「二人の子供なのにね⋯⋯」そう言われ続けることになるから。

 それで、周りの子供達が家業を継いだり、街へ修行に出るような時期、私は「革細工師になる!」と言って反対する両親を押し切って、革細工師ギルドへと入門した。
 お母さんに「いつか私が作った立派なフェン・イルのバックをプレゼントするから」そう言って。


***


 秋の柔らかい日差しが森を照らす。
 重い足取りで村への道を歩く中、気がついたら「私の秘密の庭」に来ていた。
 故郷の村から少し離れた森の奥。
 それまでそこを支配していた大きな木が倒れ、ぽっかりと空が見える場所。
 そこは明るい日の光が差し込み、若い木々が精一杯その細い腕を伸ばしていた。そして、その陽だまりの片隅では、このあたりでは珍しいローズマリーが根付いている。
 他にも、時期になればラベンダーが花を開き、私が持ち込んだセージやタイムも元気に育っている。
 ここは私だけの秘密の庭。ハーブを摘むだけではなく、なにか悩みがある時に訪れる場所だ。

 街で仕事をするようになってからは来ることはなかったが、誰かに荒らされた様子はなかった。

 ただ、誰も訪れることのなかったであろう「庭」は夏の旺盛な植物が繁茂した”荒れた庭”になっていた。
 そんなことをしてもどうにもならないのはわかっていたが、私はハーブが育っている場所だけでもと、日差しを遮る枝葉や蔦を落とし、雑草を抜かずにはいられなかった。

 しばし夢中でそんなことをしていたから、誰かが近づいてくるのに気が付かなかった。
 
 振り向くと私よりずいぶんと年上の女性——お母さんよりかは若そうだけど——がいた。
 小ぶりなハチェットに動きやすそうな採取服を身につけた女性は園芸師であろう。
 無法者でなかったことに安堵をするも、女性が園芸師であることに別の緊張を覚えた。
 
 園芸師の女性は、私の「庭」を見回してから、「ごめんなさいね、お邪魔しちゃったみたい。」と優しげな口調で声をかけてきた。

 私は、なんとかハーブの存在を隠せないものかと女性の視界から、さりげなく背後のハーブを隠そうとするが、彼女の視線はローズマリーが生えているあたりを見据えていた。
 園芸師であれば、滋養強壮の薬品の材料ともなるローズマリーを見逃さないであろう。

 ——見つかっちゃった

 しかし、私の顔のこわばりを見てとったのか、「採ったりしないから、大丈夫。あなたが手入れをしているんでしょ?」そう微笑みながら言った。
 そして、木々に遮られない大きな空を見上げて、素敵な場所ね、そう呟いた。

 ようやく緊張の解けた私は、時々ここでハーブティーにするハーブを摘んでいるんです、そう説明をした。

 彼女は頷くも、私を見て、ずいぶんと大荷物なのね、と言った。

「帰省するんです。この先の村だから」
 暗くなるから送る?と言う園芸師の申し出を辞し、私は村へ帰った。

 不思議と私の足取りは少し軽くなっていた。


***

 村へは日が暮れる前に着いた。

「数日休暇をもらった」とだけ告げた私の突然の帰省に驚くも、両親は嬉しそうに迎えてくれた。

 両親の優しい歓待に、ふと涙が出そうになる。
 革細工師ギルドを辞めた、と言ってしまいたかったが、私自身が辞めてしまっていいのか決めかねていた。
 今から謝れば許してもらえそうな気がしている。実際ギルドがキツくて辞めたものの、また戻ってくる職人見習いは多いのだ。

 仕事が厳しいのは、どこへ行っても同じなのだ。
 だから革細工師ギルドの他に行っても、同じことの繰り返しになるかもしれない。
 
 それに上級職人も悪い人ではない。
 むしろ色々と気遣ってくれていた。

 いつか、お貴族様が有力商人を集めたサロンの場に革製品の技術アドバイザーとして招かれた上級職人が、私を付き人として連れて行ってくれたことがあった。
 失敗ばかりで落ち込んでいた私に気を遣って、気分転換のつもりであったのだろう。
 仕事の話は、よくわからなかった。
 でも、お給仕の人が運ぶトレイのティーポットから香る、爽やかな紅茶の香り。私はそれに釘付けになってしまった。
 その様子に、上級職人は苦笑しつつも、給仕の人に頼み込んで私にも紅茶を飲ませてくれた。

 普段飲むハーブティーとは違う、瑞々しい果実のような香気に癖のない口当たり、
 初めて飲む本物の紅茶に私は感動して、はしゃいでしまった。

 上級職人も「あの葉っぱがこんなお茶になるなんてねえ」と感心していた。
 そう、革細工で皮をなめす時にも、黒衣森で採れる茶葉を煮出した溶液を用いることがある。
 でも、そうした茶葉は渋みが強くとても紅茶にはならない。
 私も森で見つけた茶葉で試したことがあったが飲めたものではなかった。
 それくらい渋みのあるものではなければ、なめし液にならないのだ。

 紅茶にいたく感激している私に驚く上級職人は「あんたも腕を上げればこういう場所にお招きいただく機会もあるから」そんなふうに励ましてもくれた。

 ただ、どうしても革細工師の仕事に馴染めなかった。

 なめす前の生皮についた肉片や毛を落とす工程での悪臭。
 なめし液や、私の手も染まってしまいそうな染色の工程。

 むろん、不要に染料には触れないようにするし、オイルを塗りこんで肌が染料に染まらないようにはしている。
 仕事が終わったら丁寧に洗うし、髪に染みついた臭いを落とすために可能な限り髪を洗っているが、それだけ肌は荒れ髪もぱさつく。
 夏が終わっても、私の肘から先は薄く日焼けをしたような色のままだ。

 日々のささやかな楽しみとして、ハーブオイルでの手肌のケアやハーブティーを入れるその手を見るたびに、ため息が漏れる。

 そのような有様であるから、仕事でもなめし液や染料を使う工程では及び腰となり、失敗ばかりとなる。

 上級職人の叱責は、もっともなものだ。

 今後の身の振り方を決められぬまま、両親に何も告げられぬまま、滞在を告げた四日間が過ぎていった。
 街に戻っても当てはないが、このまま実家にいることもできなかった。

 見送りの母の「いつでも帰ってらっしゃい」という言葉に涙が溢れそうになるのを悟られないように言葉少なにお別れをして出発をした。


***


 グリダニアに着くまでの半日ほどの間に身の振り方を決めなければならない。
 清々しい秋空ではあるが、私の心は晴れず、惑いは歩みを遅くする。
 考え事をしながら歩く私の足は、自然と「秘密の庭」へと向かっていた。

 庭には先客がいた。
 先日ここで会った園芸師の女性であった。
 彼女が手を入れてくれたのか、先日よりも枝が払われ、森の中に小さくぽっかりと空いた「庭」に、光が綺麗に差し込んでいた。
「ごめんなさいね、もう少し光を入れた方がハーブにもいいかと思って。」
 余計なことをしちゃったかな? そんなふうに話しかけてきた。

 私は首を振って、ハーブのためになりますから、とお礼を言った。
 そして「よかったら時々ここの様子を見にきてくれませんか?私はもう来れないから」と、園芸師にお願いをしてみた。

 街へ戻ってどうなるかはわからないが、この「庭」の様子を見にくることは難しいであろう。前のように雑草だらけとなったら、きっとあのハーブたちは負けてしまう。

 それはかまわないけど⋯⋯
 そう言う園芸師は、私の持つ荷物を見て、旅に出るの?と聞いてきた。

 私は力無く首を振り「街に戻るんです」そう言うと、涙が溢れて止まらなくなった。
 驚く園芸師に問われるがままに、私はこれまでのことを涙に声を詰まらせながら話してしまった。

 ひとしきり話し終わり、私が落ち着くのを待って園芸師は「お家に戻るつもりはないの?」と訊いてきた。
 私が頷くと、「それじゃ、グリダニアに着くまでにこれからのことを決めなきゃね。私も一緒に考えてあげる」と優しく言う彼女の声に、私はまた泣いてしまった。


 アンフェリスと名乗る園芸師の女性は、道々いろいろな話しをしてくれた。
 私の興味がありそうなハーブのこと、園芸師のこと、街での暮らし。

 私も革細工師ギルドに勤めてからの辛かったことだけでなく、街に出てからの楽しかったことや困ったこと、思いつくままに話をした。
 貴族のサロンで紅茶を飲ませてもらったことを話すと、アンフェリスは驚いていた。街に住む園芸師にとっても紅茶は高価なものなのであろう。

 彼女とのおしゃべり——私の今後の相談というより、もう「おしゃべり」であった——で、さっき泣きじゃくったのが嘘のように心が軽くなったが、グリダニアの門が見えてくると、私は動けなくなってしまった。

 そんな私にアンフェリスは「今日は私の家に泊まってらっしゃい。プロの園芸師のとっておきのハーブティーをご馳走してあげるから」と言って、私の手をしっかりと引いて歩いてくれた。


***


 アンフェリスの家は園芸師らしく家の中も花やハーブに溢れていた。冒険者ギルドに勤めるご主人は出張で留守にすることも多く、家はアンフェリスの趣味で好き勝手にしているそうだ。
 今日もご主人は留守をされているそうで、「気兼ねなく話せるね」と笑っていた。

 そこかしこに吊るされたハーブに目を奪われていると、アンフェリスがお茶の準備をしてくれた。

 私は驚いた。
 その香りたつ芳香は、あの時のサロンでいただいた紅茶の香りだった。

 白いカップに注がれた、春の日差しのような黄金色のお茶。
 アンフェリスは、驚く私に、飲んでみて、とイタズラっぽく微笑んだ。

 口に含むと爽やかな香りが心地よく鼻にぬけていく。

「美味しいでしょ?」
 私は頷くしかなかった。

 アンフェリスは話してくれた。
 園芸師ギルドでも、黒衣の森に育つ渋みの強い茶樹ではなく、紅茶として飲める茶樹の品種改良を進めていること。
 ただ、嗜好品である茶樹の育成は、ギルド内では他のものよりも優先順位が低く、貴族の協力を得て、細々と行なっていること。
 セシリア——私のことだ——が訪れたサロンを主催したのがその貴族で、アンフェリスが品種改良を担当している、ということ。

 そして、アンフェリスも他の仕事があり、なかなか茶樹の仕事には手が回らない、と。
 誰か手伝ってくれる人がいれば⋯⋯

「私にやらせてください」

 アンフェリスの言葉を遮って、思うより先に私の口から出た。

 彼女は私を見つめながら続けた。
「園芸師もね、最初は見習いから始まるの。下草の手入れとか、森の木々の枝はらいとか。ハーブの世話だけじゃなくって樹木の管理もするの」
「できます。いきなり紅茶の世話をさせて欲しいなんていいません」
「土いじりは手が汚れるし、木々の世話は力仕事だし、手も荒れるわ」
 そう言って触らせてくれた彼女の手は、長年の園芸仕事のためか、少し硬く、節くれだっていた。
「ハーブの世話しかしたことがないけど、それで手が汚れるのは嫌じゃありません」
「いちど命を終えた、皮や木を、革製品や木の製品として、もう一度命を吹き込むことはできなかったけど、育てることは出来ると思うんです」

 その言葉に彼女は強くうなづいてくれた。

 そうね、それじゃあ、明日、革細工師ギルドに挨拶をしにいってから、園芸師ギルドに私の紹介で入門させてもらおうか。
 きっと、革細工師ギルドの人たちも心配してるから。

 その言葉に私はまた涙ぐんでしまった。
 今日は泣いてばかりだ。

 泣かないの。新しい園芸師の誕生のお祝いに、紅茶に合う、とっておきのシロップとナッツを出してあげるから。
 そう言って、アンフェリスはお茶の支度をしに台所へと向かった。


 その夜、アンフェリスと私は遅くまで、おしゃべりに興じることになった。




FIN
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