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『Fire after Fire』(4)1『Mon étoile』第二部四章)

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4-0

「……」
 ケット・シーは、待ち続けた。
 かれこれ丸三日ほどになるだろうか。アーク――封印を解かれた妖異たちに満ちた魔航船――の上に佇み、ずっと主人から呼ばれるときを待ち続けている。
 こんな理不尽はない。
 霊災の到来を予見し、すぐにでも魔大戦をやめるべきだと主張した彼の主人クェーサルを、マハの主戦派は幽閉した。
 そのうえ、本当に霊災が起きるとわかってから、慌ててアークを建造し、そこへ封じる妖異の召喚から制御までを主人に任せようとした。
 なのに、スカアハを封じた時点で彼らは主導権を奪い返し、主人を再び幽閉しようとしたのだ。
 もっともその企みは、彼らが制御に失敗したことで消えてなくなる。
 だが。
 この混乱の収拾を、なぜ主人がやらなければならないのか。
 それも、彼女を慕い集まった、停戦を望む若い世代――実力的にはまだまだこれからの者たち――までをも魔航船に押し込めて。
 船内では、主人クェーサルと五十三人の若き魔道士たちが、女王スカアハを筆頭とした幾千もの妖異たちを封じようと戦っている。
 なぜだ。
 なぜ、主人が命を賭け――いや、命を捨ててでもこんなことをしなければならないのだ。
 赴く前に反対したケット・シーに、クェーサルは笑顔を見せた。
「お前もフィンタンと同じことを言う」
 当然だ。使い魔である自分も、クェーサルの夫であるフィンタンも、どちらも貴方を死なせたくないからそう言っている。
「……」
 反駁したケット・シーと目線を合わせ、クェーサルはゆっくりと言った。
「次の世代のためだよ。アークには、マハだけではなくあらゆる国の民を乗せる。皆で霊災を乗り切って、次の時代を迎えるんだ」
 頭を撫でる手。優しくて暖かい手。
「行かせておくれ、ケット・シー。私は必ず戻るから」
 微笑みと共に告げられた言葉。その決意に、彼は頷かざるを得なかった。

 どれくらい待っただろうか。
 呼ばれた気配を感じ、ケット・シーは慌てて、けれど慎重にアークの中へと戻った。
 言葉を失った。
 船内に妖異の姿はない。船内のあちこちに置かれている棺状の魔法装置は紫色のエーテルを微かに纏い、稼働中であることを示している。
 封印は成功したのだ。
 だが。
 あちこちに倒れた魔道士たち。それらはいずれも無残な死に方をしている。
 そして。
 主人がいない。
 どこだ。どこに――
 船尾から船首へと向かう。主妖異動力炉――『女王の臥所』へ辿り着いたところで、ケット・シーは“それ”を見つけた。
 ソウルクリスタル。
 クェーサルの持っていたものだ。
 間違えるはずもない主人のエーテルを纏い、淡い光をゆっくりと明滅させている。
 それだけだ。
 主人の姿は無い。
「ぉお……ッ……ッ!!」
 ソウルクリスタルを押し抱き、ケット・シーは哭いた。主人は成し遂げた。大妖異たるスカアハを筆頭とする妖異の大軍勢を、すべて封じてのけたのだ。――己の、命と引き換えに。
 そんなことに何の価値があろうか。
 そんなことに何の意義があろうか。
 愛する主人を失った。彼女はもう還らない。その慟哭と引き換えの勝利など、何の意味もない。
 そのとき。
 ――まだ、終わりではないよ。
 主人の声を聴いた気がした。慌てて見渡すが、ここには自分以外誰もいない。
「……」
 そうだ。
 まだ、終わりではない。
 封印が完了したということは、制御できる者さえいれば、アークは役目を果たせるということだ。クェーサルが言っていたように、国に捉われずできるだけ大勢の人々をアークに乗せ、霊災を回避するのだ。
 主人亡き今、アークを制御できるのは、彼しかいない。クェーサルの夫、魔戦公フィンタン。彼は今、地上でアークに乗せる人々を集めて回っている。妨害をする主戦派たちを退けながら、クェーサルが妖異を封じ込めると信じて。
 彼に知らせねば。今が、そのときであると。
 悲しみを振り払い、ケット・シーが立ち上がった、そのときだった。
 “世界そのもの”が、震えた。
 使い魔であり、人と比べて魂の強さが異なるケット・シーには、その衝撃と振動は耐え難い苦痛であった。
「ぅ……!」
 目を見開いたまま、彼はその場に倒れた。

 唐突に意識が戻り、ケット・シーは飛び起きた。
「いったい……?」
 主人のソウルクリスタルを握りしめ、魔法で外の様子を見る。
「お……お……!」
 呻き声が漏れた。
 暴風雨が吹き荒れる中、地上は水で埋め尽くされていた。
 幾度となく高い津波が押し寄せ、地上のすべてを押し流していく。
「これが……霊災……!」
 遅かった。誰一人乗せることのないまま、アークはただ空を飛ぶだけの船になってしまった。ケット・シーの魔力では制御もできず、霊災による空間の歪みがあちこちで発生しており、魔法でフィンタンと連絡を取ることも不可能だった。
「なんということだ……」
 悔やんでも悔やみきれなかった。
 力なくしゃがみ込む。
 無言で膝を抱え、ケット・シーは待った。霊災が鎮まるのを。

 どれくらい経っただろうか。
 フィンタンがアークへと姿を見せた。
「フィンタン殿……!」
 生きていた。もはや世界に自分だけが存在するものだとさえ思いこんでいたケット・シーにとって、知己が生きていたことは破格の喜びだった。
 滂沱の涙を流すケット・シーの頭をフィンタンは優しく撫でた。
「こちらも手一杯だったが……すまなかったな」
 フィンタンによれば、霊災の災禍はまだ続いている。洪水はあちこちで未だひかず、延々と降り続ける豪雨が山を崩し、巻き起こる嵐が洪水の届かぬ高地にも被害を与えているという。
「……フィンタン殿……」
 ケット・シーは、震える手で握りしめていたものを彼に手渡した。
「……ああ」
 妻の形見。クェーサルのソウルクリスタルを握りしめ、彼は目を閉じた。
「霊災の直前、彼女から呼ばれた気がした。それで理解したさ。こうなっているであろうことはな……」
 二人は、しばし無言だった。そこに座り込んだまま、愛する者の存在の大きさと、その喪失を悼んだ。
 やがて。
 涙を振り払うと、フィンタンは立ち上がった。
「ケット・シー」
「は」
「お前には、このアークの監視を頼みたい。船体内部の整備と、封印された妖異の状態チェックだ」
「……監視、ですか? 船を利用するのではなく?」
 ああ、と頷き、フィンタンは前を向いた。ここではないどこかを睨む。
「主戦派が生き残っている」
「なんと!」
 ケット・シーは驚愕した。クェーサルの唱える停戦を真っ向から否定、彼女を幽閉し、そしてこのアークに――死地に追いやった者ども。
「奴らは、このアークを兵器として欲しがっている。霊災後の世界でも、世界制覇の夢を叶えようとしているのだ」
 フィンタンの声は冷たく、されどその奥には凄まじい劫火が燃えていた。
「ゆえに、このアークを囮として使う」
 隠れた主戦派をおびき寄せ叩き潰すための餌として。彼らを根絶やしにするための罠としてアークを利用する。フィンタンは決然と告げた。
「……」
 ケット・シーはフィンタンを見上げる。妻が命懸けで護った船だ。意味のあることに、彼女の望んだとおりに平和のための手段として使う。そんな道もあるだろう。
 だが。
 彼は決めたのだ。クェーサルの理想と真っ向から対立する者たちを、生かしてはおかない、と。
「……承知しました」
 ケット・シーは一礼した。
 互いに頷きあうと、彼らは別れた。
 それはいつまでなのか、どうすれば終わりなのか。それを語らず、二人はただ役目に邁進しようとした。最愛の主人、最愛の妻を失った喪失を、それだけが埋めると信じて。

4-1

 ノノノたちが魔航艦ムルセヴネでフィンタンのいる大師の塔まで戻り、二週間ばかりが過ぎようとしていた。
 その後ムルセヴネは一度海へと潜航し、トーラーの隠れ里が発見されることを防いだ。
 
 大師の塔に戻ってからも、リシュヤは眠り続けた。
「前にあの力を使った時は平気だったのに」
 ファタタの言葉に、フィンタンは首を振った。
「『アビス』からリシュヤを救出した際、そこに記録されていたデータによれば」
 『アージ』の面々を見渡してから続ける。
「あれの体内にある『聖石』は、正真正銘ヴォイドで回収されたモノだ。しかも、それはもうリシュヤと不可分に結びついていて引き剥がすこともできない。
 ――誤解を恐れずに言えば、『詳細に調べることもできないよくわからないモノを、よくわからないまま使い続けている』ということだ。
 魂そのものに大きな負担がかかっていたことは分かっても、その機序も前回との差異も不明なのだよ」
 滔々と語った大魔道士は、大きなため息を一つ吐いた。
「本人が、どうしても戦う、『アビス』をこの手で叩き潰すまで戦うのをやめない――そう強硬に主張しているのでなければ、戦いになど出さんよ」
 もう、何度も二人の間でやり取りされたことなのだろう。フィンタンをよく知り、そして最近になってリシュヤについて分かってきたノノノはそう思う。
 結局、ノノノたちには見守る以外の選択肢はなかった。

 その間に、ノノノの元にリリからの連絡があった。
 自分が関わっていた事件の残務処理が終わり、合流できそうだ、という話だった。
 テオドールとメイナードは既に皇都イシュガルドで合流している。あとはノノノ、という話なのだが――
「いいんじゃない? 元々そういう約束だったでしょ」
 話を聞いたファタタはあっさりとそう言った。
「お前はそのオズマ・トライアルとかいうのから友達を救い出したいんだろ? だったら迷うこたぁない」
 ハルドボルンも笑っている。
「ただ」
 ハルドボルンの言葉に頷いてから、ファタタは微笑みを浮かべた。
「リシュヤは目が覚めたらゴネるでしょうけどね」
「う……」
 ハルドボルンも違いねえと言って笑った。
「まあ、何人でいようが俺たちは『アビス』と戦い続けるし、お前のやりたいことにも奴らは絡んできそうなんだろ? これで別れ、って話でもないさ」
「……うん!」
 ノノノは頷きながら、心の中で驚いていた。『パスファインダーズ』の皆を大切に思うのと同じくらいに、『アージ』の皆も好きだ。こんなに、自分の中で大切な人が増えるなんて思いもしていなかった。
 しかし。
 この話をした数時間後、ノノノたちはフィンタンに呼び集められていた。

「諸君らに頼みたいことがある」
 愉快な話でないことは、フィンタンの表情で知れた。
「私は今、オズマ・トライアルからノノノの友人を助け出し、オズマ・トライアルを機能不全に陥らせるための魔具を作成している。仮に、これを『ネヴァンの牙』と呼ぼう」
 応接室のソファに、フィンタンと、ノノノ、ファタタ、ハルドボルンが向かい合って座る。フィンタンの傍らにはラスフィアが立っている。
「製作はそれなりに順調だったのだが、しかし大詰めとなったところで躓いた」
「え」
 ノノノに視線を流した後、フィンタンはテーブルに小さなケースを置いた。透明なそれの中には、白い鉱物のかけらが入っている。
「この鉱物の名はグルストラ。かつて第五星歴時代にはあちこちに存在していたが、霊災によって変質した現代では非常に希少な鉱物だ。このグルストラが、足りない」
 ファタタが軽く目を見開いてフィンタンを見た。フィンタンもファタタを見る。それから視線を逸らし全員を見た。
「『ネヴァンの牙』完成のためには、このグルストラが必要不可欠だ。よって、この鉱物を採掘しなければならない」
「採掘って……どこで?」
 希少な鉱物なら、当然場所も限られるはずだ。そう考えたノノノの問いに答えたのは、フィンタンではなくファタタだった。
「――グルストラが採掘できるのは、第五星歴の環境が残っていて、かつ海に近い場所」
 ハルドボルンが思い当たった顔をする。
「そんな都合のいい場所は、一つしかない。……わたしの故郷、ブラン・バル。第六霊災を生き延び、そして千五百年の長きにわたり、人々の目を欺き続けた島」
 そして、とファタタは溜息と共に付け加えた。
「『アビス』によって滅ぼされ、今は彼らのベースがある島だわ」
「……!」
 ファタタは淡々と告げた。いつものように、仲間たちが見落としていることを指摘するときのような、冷静な口調で。
 けれど。
 合間に吐いた溜息。そこに、とても大きな諦念が混ざっているようにノノノには感じられた。
「ベースっていうことは」
「ええ。少なくとも、一人は魔戦公がいることは確実ね」
「リシュヤがいねえ状態で、ベースを叩くのはちいと骨だな……」
 難しい顔をしたハルドボルンに、フィンタンが「いや」と言い首を振った。
「今回は、奴らとは戦わない。グルストラだけ採掘して撤退してほしい。――できると思うかね」
 フィンタンの最後の問いはファタタに向けてのものだった。
 問われたファタタは顔を曇らせたが、すぐに視線をやや下に向けて顎に手を当てた。彼女が考え事をするときの癖だ。
「……できる……と思う。グルストラが採掘できるのは基本的に海に面した岸壁なの。だから、島を覆っている偽装結界を部分的に無効化して岸壁に近付けば、採掘だけして逃げられる。帰りはテレポでもデジョンでも使えばいいから、早いはず」
「ふむ。妥当だな」
 フィンタンが頷くのに、ノノノが首を傾げる。
「偽装結界って、そんな簡単に破れるものなの?」
「破れないわよ。普通はね」
 ファタタが答える。
「『アビス』は、接収や支配をした施設の防衛機構が優れていたら、そのまま使う傾向がある。ブラン・バルの偽装結界は千五百年の間、『アビス』にも存在を掴ませなかったほどのものよ。おそらく、そのまま使ってる」
「じゃあ、尚更マズいんじゃねえのか?」
「普通はね」
 ファタタは微笑んだ。
「その結界の維持を任せられていたわたしが、島を密かに脱出するために作った結界通過の術でもなければ、ね」
「脱出……?」
 不穏な言葉に引っかかったノノノを見て、ああ、とファタタは納得顔で頷いた。
「そういえば貴方には、わたしのことを話していなかったわね」
「うん」
「じゃあ、その話を先にしておきましょうか。リシュヤも含めて、ここにいる皆は知っている話。これから行くところを考えたら、予備知識として知っておくべき話だわ」
 ノノノは皆を見た。フィンタンもハルドボルンも――ラスフィアも、皆笑ってはいない。決して楽しい話ではない。
「それ、ファタタは話して平気?」
 少し驚いた顔をしてから、ファタタは頷く。
「気遣ってくれたのね。ありがとう。でも大丈夫よ。――仲間には、知っていてもらいたいから」
「……わかった」
 頷いたノノノにもう一度微笑みかけてから、ファタタは表情を改めた。目を閉じ、謡うように言葉を紡ぐ。
「発端は、遠い遠い昔。第五星歴、魔大戦の時代――」

4-2

 その国の名は、ブラン・バル。
 今でいう溺没海、アデルナード小大陸の遥か東の海に存在する海洋国家だ。
 同じ海洋国家であるニームを同朋とし、魔大戦では『蒼海同盟』なる同盟を組み互いを助け合った歴史を持つ。

 彼らは魔大戦の折、友邦ニームから教授された軍学魔法だけではなく、アシエンからもたらされた禁忌の技を用いていた。
 それは、妖異と交わることで子を成し、異常な魔力を有する兵――『ジェノ』を作り出す、魔大戦の国家でも指折りのおぞましい技術だった。
 妖異のような戦闘力を持つジェノは、優れた戦闘力と生命力を持っていた。
 『ジェノ』を先兵として――つまりはニームにおける海兵の代わりとして――使い、ブラン・バルは独立を守り続けた。
 しかし。
 ただの兵器として消費されるだけの存在であったジェノの中から、自我を持つ者が現れた。
 自我を持つジェノは徐々に数が増えたが、彼らは皆、自我を持つことを隠し続けた。
 そして、大戦末期。
 大洪水に際しブラン・バルの指導者層が彼らだけが助かろうと策を練っていることを掴むと、ジェノたちは一斉にクーデターを起こした。
 その頃には戦闘をすべてジェノに任せていたブラン・バルはあっという間に制圧され、指導者層の裏切りは国民に晒された。
 そこで彼らは言った。
 指導者層が逃げ込もうとしていた海底シェルターには、限りがある。お前たち――我らジェノ以外の国民は、肉体を捨てるなら救済しよう。エーテル体となり、次代のジェノへ自我を与える糧となるのだ。
 拒否する者は置いていく。洪水にでも飲まれるといい。
 果たしてどれほどの国民がそれに同意したのか、今となっては分かるすべはない。ただ、ジェノたちが用意した『魂の器』に収められたブラン・バル国民のエーテル体は、当時の自我を得ていなかったジェノたち全員と融合して彼らに自我を与えた。
 海底のシェルターはもともと、彼らジェノの生産施設でもあった。つまり、彼らを生み出す大本である改造妖異バフォメットが設置されている。
 そこを改造しながら生き延びたジェノたちは、大洪水の後、破壊されたブラン・バルへ帰還した。彼らは強大な隠匿結界を張り巡らし、島を隠し続けた。
 以来千五百年、彼らは周囲のエオルゼアの情報を収集しつつも決して正体を現すことなく隠れ続けてきた。

 “ジェノの国”となったブラン・バル。
 ジェノは人間や同胞と性行為をしても生殖することは無い。
 すべて、妖異から生まれてくる。
 妖異バフォメットはアシエンの手によって実体化・改造を施された妖異であり、ブラン・バルの海底シェルターに設置された生産システムとなっている。
 バフォメットには知恵や自我はなく、ただ魔力を感知する能力にだけ長けている。
 一定の年齢に達したジェノはバフォメットにより選別され、指名される。
 指名された男はバフォメットに精を捧げるために生き、指名された女はバフォメットに犯されて子供を産む。
 このシステムの欠点は、優秀な個体を潰してしまうことにあった。なぜなら、バフォメットは優秀な個体を己の贄として望むからだ。
 けれど、ジェノだけの国となったブラン・バルはそうやってしか子供を増やせない。戦争をやらない間は、数を増やすことを優先する。その判断で、彼らはこの千五百年を過ごしてきた。

 そう。
 彼らが千五百年姿を隠し続けたのは、ひとえに戦力の拡充のためだった。優秀な個体を生み出しそれをバフォメットに捧げ、生まれてくる子供の平均値を底上げする。
 じわりじわりと数を増やし質を上げ、ひそかに周囲の状況を探り続けた。
 第六霊災から生き残ったかつての敵国の残党たち。
 アムダプールの『純潔派』も、マハの『アビス』も、第五霊災後の世界に隠れ潜んでいる。
 ブラン・バルが再び起こる魔大戦の勝者になるには、彼らのように力を蓄えねばならなかった。

 ブラン・バルの転機となったのは、二人の天才が誕生したことだった。
 軍学魔法の天才ファタタ・ファタ。
 ジェノ式戦闘の天才ジル・ヴァル。
 二人はほぼ同時に生まれ、きょうだいのように過ごした。そして――互いに憎からず思っていた。
 ブラン・バルのジェノたちも恋愛はする。子供はできないが、パートナーとして添い遂げることはある。
 ただし、バフォメットに選ばれたら諦める。かつ、それは栄誉なことであるという洗脳が行われていた。
 周囲から確実に「一族の父」や「一族の母」になると言われ育てられた来た二人。しかし、二人はその優秀さの表れなのか、洗脳から解き放たれてしまっていた。
 彼らはその聡明な頭脳で、自分たちの、ジェノと言う生命体の出生の秘密をも知る。『始まりの褥』と言い換えられていた生産システムは改造妖異であること、自分たちはその力を以て生まれてくる妖異人間なのだということ。
 いつしか惹かれ、愛し合っていた二人は、祖国からの逃亡を企てる。
 結界の維持を任せられていたファタタはそれを部分的に解除し、それを探知させない方法を編み出した。
 ジルは外界を探索する潜入部隊に志願し、逃亡先の見当をつけていた。
 だが、実行当日に彼らの企ては露見し失敗する。捕らえられ、強制的にバフォメットの贄にされそうになったとき、ジルは叫んだ。

「約定を果たす! 来てくれ! 水霊公!!」

 ジルが持っていた転移装置が作動し、彼は来た。
 『アビス』十二魔戦公の一人、『水霊公』ヨナ。
 端正で女性的な顔立ちをした青年は、圧倒的な力と召喚した軍勢でジェノたちを抹殺、あるいは捕獲し始めた。
「……ジル? これは……」
 震える声で問うファタタにジルは言った。
「切り札は常に隠し持っておくものだ、って言ったのお前だろ。『アビス』と繋ぎを取っておいたのさ」
「国を……売ったの!?」
「売るさ。こんな国。お前をあんな汚らしい妖異に犯されて道具にされるくらいなら、こんな国は亡ぼす」
「ジル……どうして、どうして先に教えてくれなかったの!?」
「言ったら反対しただろ。お前は優しいから」
「違う……違うわ。こんなやり方は間違ってる! アビスと手を組むことそのものを止めたわ!」
「もう、遅い。この国は終わりだ。千五百年かけても、結局マハの後継たる『アビス』には敵わない。なんのための隠遁だったんだ? もう、こんなくだらないことは終わりにするんだ。
 そして、僕と一緒に来い、ファタタ。『アビス』で、更なる強さを手に入れるんだ」
「……いや」
「だめだ。力づくでも連れて行く!」

 ファタタはジルと戦うことを決意したが、やってきた魔戦公ヨナに対しては手も足も出なかった。
 彼女が意識を失っている間に、一定以上の能力を持つジェノは実験体として捕獲され、それ以下の者は皆殺しにされた。ブラン・バルは『アビス』の手に落ちた。
 妖異バフォメットは生産システムごと回収された。これでもう、ブラン・バルの民であるジェノは産まれない。生まれるとすれば、『アビス』の民としてだ。
 連れて行かれたファタタは幽閉される。ジルは“妖異の血を引く”という特性からヴォイドレリックを手にすることを許され、そして上り詰めて『水星公』オバデヤと名を変えた。
 ファタタは諦念してジルと暮らした。死ぬ度胸もなく、想い人の胸に抱かれることで現実を見ないようにした。

 それが変わったのは、オバデヤとしてのジルが管理するベースにリシュヤとフィンタンが襲撃をかけた時だった。
 彼らのことは知っている。『アビス』に明確に敵対するものがいるのだとジルから聞いていた。
 迷った末、ファタタは基地のセキュリティを操作して彼らに有利なようにした。
 そして。
 彼らに先手を打たれて傷ついたジル。ファタタを救い出しに来たリシュヤたち。両者から同時に「来い!」と言われ、

 ファタタはリシュヤのほうへ走った。

「なぜだ!? 僕を捨てるのかファタタ!?」
「そう思うなら、今すぐ『水星公』の名を捨てて! わたしを選んで、ジル!」
「……それは、だめだ。僕はもう決めたんだ! 『アビス』の頂点へと達するんだと! 最強の座を手にするまで歩みを止めないと!
 ――だから、来るのはお前だファタタ。僕のそばにいてよ。僕を支えてよ。僕を受け入れてよ!!!」
「……さよなら、ジル」
 泣きながら首を振るファタタに、ジルは絶叫した。
「ファタタァ!!!」
 リシュヤとフィンタンの手によってベースは爆発消滅した。ジル――オバデヤは退かざるを得なかった。
 そうして、ファタタ・ファタはリシュヤ・シュリンガと共に『アビス』を倒すための戦いを始めたのだった。
 愛する者を、倒すための戦いを。

『Fire after Fire』(4)2に続く
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