これは始まらなかった物語
---★---★---★---★---★---★---★---★---★---★---
エオルゼアの片隅、誰も寄り付かないであろう辺境の洞窟。そこには今日も野卑な嗤い声が響いていた。
「おい、聞いたか? なんでも西の方で魔族と四姫の戦があるってよ!」
「っせーな、耳元で怒鳴るんじゃねーよ。てめぇのダミ声はいちいち頭に響いてウルセェんだよ」
「良いから良いから、まぁ聞けよ! 四姫ってあれだろ? エオルゼアでも類い稀なるべっぴんさんってやつ!」
「ちげーよバカ、アルデナード小大陸の随筆文化を代表する四人の作家ってやつだ。まぁ確かにえらい美人だって聞いたことはあるが……」
「お? 頭イイ自慢か? ヤんのか? 表出るか?」
「どーでもいいことでキレんな。でもよ、なんでその四姫サマが魔王と戦なんぞ……」
「しらね。えらい奴らの考えてることなんて俺らに関係あるか?」
「ねーな」
「ねーわ」
「ギャハハハハハハハハハハハハ!!」
再び響く無遠慮で粗野な嗤い声。
しかしここにそれを咎めるものはない。
なぜならここは、己の都合の良い自由に身を任せた者たちだけが集う場所だからだ。
「でもよ、戦ってことなら……」
男たちの視線が焚き火に座る一人の男に集まる。
身の丈ほどの大剣を背負い、揺れる炎を見つめながら、ボロボロのカップで酒を煽る灰兎族の男がそこにいた。
「おかしら、行かないんすかい?」
快楽と暴力に忠実な男たちが唯一のアンタッチャブルとして認めた男。
擦り切れた眼帯、元の仕立ての良さが見る影もない薄汚れたコート、土埃に塗れたブーツ。
落ちぶれた者にはありがちな、あまりも見窄らしい身なりではある。
しかし男達がこの灰兎族の男を見る目には、敬意と期待と、そしてある種の怖れが浮かんでいた。
「ん? あぁ……、確かに酒がなくなる頃合いか」
手にしたカップを感情の失せた瞳で見つめると、灰兎族の男はゆっくりと立ち上がった。
「ったく……めんどくせぇ」
気怠るげな声が焚火の爆ぜる音を掻い潜るようにして、洞窟内に広がっていく。
「いやっほぅ! そうこなくちゃなぁ!」
「戦だ、戦! 久しぶりのデカいヤマだぜ、なぁ?!」
屯していた男たちも同じく立ち上がり、己の得物を拾いに散り始めた。
「んでんで? 四姫と魔王、どっちの軍につくんですかい?」
不意にかけられた言葉に僅かばかりに首を傾げ、灰兎族の男の歩みが止まる。
しかし数瞬の後、再び歩き始めながら男は、まるで独り言のように言葉を静かに落とし始めた。
「四姫だろうが魔王だろうが、俺達みたいな雑魚を構うわけねぇだろ」
砂利を踏みしめるざらついた音。その不規則な足音が一つ、また一つと重なっていき、やがてそれらは一個の生き物のように夜の荒野へと這い出していく。
「頃合いを見て、横っ面からぶっこむぞ」
「金になりそうな武具、クビ、何でもいいから手当たり次第に搔っ攫って離脱しろ」
「女に見惚れて足を止めたら死ぬぞ。明日の酒が飲みたきゃ精々走れよ」
男が言葉を漏らす度に湧き上がる歓声、あるいは下卑た哄笑。打ち鳴らされる武具の音。
深い夜の底で、一人の男を中心に凶気の熱が伝播を始める。
「ヒッ…ヒヒヒ、どうせ一番ヤベータイミングで突っ込めとか言うんだ、おかしらは」
「なぁなぁ、戦場で目立ったら魔王様からスカウトとかされると思うか?」
「久しぶりにまともに斧が振れるぜ……泣きわめく商人じゃいくら斬っても物足りねぇんだよなぁ」
「明日になったら何人減ってんだろうな。半分になれば酒は倍だ、良いことづくめじゃねぇか」
彼らは命を惜しまない。
彼らは明日を望まない。
闇にあって魔に非ず。ヒトにあって人に非ず。
快楽のままに他者を踏みにじってきたが故に。
いずれ近い将来、己も誰かに踏みにじられるのだと。
ならばせめてそれまでは、暴力と血と鉄火場の匂いからくる酔いに任せて、命を対価に賭けるのだ。
「てめぇら、仕事の時間だ」
今宵、荒野の片隅で兎の致命刃が解き放たれる。
---★---★---★---★---★---★---★---★---★---★---
しかし、彼らの物語は始まることはなかった。
魔王の眷属か、はたまた四姫の従者か。
誰とも知れぬ何者かが放った気まぐれな、それでいて破壊力に満ちた極大魔法が、戦場にほど近い丘陵を歩んでいた彼らを襲ったのだ。
ならず者たちの集団は壊滅。
一人生き残った灰兎族の男は、ほんの少し寂し気な表情を浮かべた後、何を為すことなく戦場を去ったという。