久しぶりの日記。
実は本命はこっちでした。
でも先にファンフェスの話をしないと、
たぶん、これは書けないので、分けました。
※以下、黄金のレガシーパッチ7.5「彼方に至る路」の、
メインクエストのネタバレ含みます。
パッチ7.5のメインクエストが終わると、
ファンフェスでの???も少し回収。
考察が捗るようになりますよね。
これは余計に沼にハマるとも言えます。
まず「白銀」って言葉。
中二っぽくて好き。
オリジナルの武器を考えた時に、
絶対に付けたくなるね。
あとは片翼とかね。
デン♪デン♪デン♪デン♪デン♪
(あ。そういうの良いから!)
そ、そんなわけで、本日は過去の考察と絡めた、
妄想&仮説混じりの感想日記です。
今回のメインシナリオで多く汲み取ったのは、
FF9オマージュのレールから物語は加速し、
違うルートに切り替えたいんだな?
って展開でしたね。
次の舞台が凍てつく世界で、
白銀だからウィンタラーで、
冬で良かったんで、
全てが1つに繋がっていく感覚。
そう来たかった!って感じする。
これまでの「魂」のやり取りの終着駅は、
「終わりある死」への還元ですが、
対局としてあった「永遠の闇」は通過点で、
ゼロたちが戦った物語を挟むことで、
平行した「ヌル」を作ること。
ヌルとはデータが存在しない事で、
FF9だけでは「闇=無」ですが、
FF5からエヌオー「No」を持ち、
出現理由をFF4オマージュの「ゼロ」まで滑らせて、
もっと広大な「ヌル」を見せる事です。
もちろんエヌオーへの展開は急だったけど、
これを無しに進むと淡泊だったのかも?
ヨカフイ族から学んだ
「忘れる事が本当の死」ならば、
認識できる仲間がいる事は「生」であるから。
そうなると、
感知する者すべてが居なくなることこそ、
「本当の無」であって、
それが「明日の果て」という運命でしょうか。
それにしても、
スパイファミリーを見ているせいか、
ハルマルトさん「来ません!」って、
早見沙織さんボイスで言われると、
ビクッーー!ってなります。
それに理解しきれていないと話す、
カリュクスの態度にも変なリアリティを感じる。
今回の黄金の声優さん。
カリュクスの悠木碧さんと合わせて、
本当に耳が贅沢。溶け落ちそうです。
まるで真っ赤に燃えるアーテリスのように。
本当に来るのかな?
世界の終わり。
マジで?
「つづく」出た時、
異様な感覚になったんですよね。
これって、どちらかと言うと、
ベタでメタな世界の最後って事よりも、
当たり前にくるはずのものが
来ないかもしれないって表現が、
ゲームだからこそ生々しいですね。
これは世界共通の恐怖なのかも。
今回の最後、再び暁のシンボルである、
石の家に戻ったけど。
これって「当たり前」の確認なのかな?って。
失われる可能性を示唆すると、
急に虚しさが襲って来る。
まぁ自分も子供の頃、教育番組で、
「太陽は永遠にない」という事を知って、
ギャン泣きした経験があります。
ただ、あの時の感情は、どちらかと言うと、
太陽の寿命である「約100億年」経つ頃には、
あなたは生きてないじゃん!って、
大人からの突っ込みも効果なく。
そうではなくて。
永遠に続くものが、そうでは無かったと分かった、
そんな虚しさを感じた、悲しみなのです。
子供だったから良く言語化できないけど、
パッションはあるじゃないですか。
あの子供の情動であるパトスは、
周囲の大人たちの冷静なロゴスによって諭された。
論理的に考えたら楽なんだけど、
これって史実を見るとバカにできない。
大人こそ迷走していた時代もあったから。
例えば、古代エジプトでは、
太陽神ラーへの信仰が非常に強く、
太陽は夜になると冥界を通り、
翌朝ふたたび昇ると考えられていたり。
またアステカでは、太陽が宇宙を動かし続けるためには、
神々への供物が必要だと信じられてた。
特に、人間の血や心臓は重要で、
「捧げもの」がなければ太陽は昇らず、
世界が終わってしまう。
だからこそ、日食が起こるのは警告であり、
捧げものが少ないからだ!
なんて判断された。
それは対象となる神の、
信頼関係や絆が強くあって、
ほつれる糸を手繰りよせると、
同じ方角を見ているからこその偉業。
で、ヒカセンって、
めちゃくちゃ信頼できる人物じゃないですか。
性善説を絵に描いたような人。
論理(ロゴス)と感情(パトス)を前に、
絶対的な倫理を持って解決する。
だから「チートになる鍵」が生きてくる。
あの人だからって、
信仰されちゃう危うさがある。
それでも、
ヒカセンしか見えない太陽の道は、
ご都合主義的に主人公にしか利用できないのが強い。
アゼムだけが「特定の世界のために選ばない」という、
これは絶対に悪用されない、安全な印籠になるから。
あいつなら「鍵」を持たせても良いんじゃね?
って。
このような「倫理」をエトスと言う。
あ。
アーティファクトの「鍵」の名前、
エートスって言いましたよね。
関係あるのかな?
だからこそ、
ハルマルトさんの提示する「明日の果て」に対して、
主人公としての究極の選択が意味を成す。
「あなたが平らげても良いんですよ。」
って。
これは技術的に「鍵=エートス」で可能だから、
性善説を崩壊する誘惑をするわけですね。
いつでも、あなたから「死」を向かい入れる事ができる。
変える事ができない星の最後の結末を、
どう見ることが正解なのか?
人類の高次元の生命体かのようなウィンタラー。
「決まった未来」が見えている彼らからしたら、
失ってしまった星を空に見て、星読みをして、
古代の種が紡いだライフストリームの先に、
予測不能な「遊び」のヒカセンがどう輝くのか?
ワクワクしながら眺めているのか?
呆れているのか?無関心か?
どんな人類が背後に居るんだろう。
雪の結晶と見せかけて、
白い羽が舞い降りるかもしれない。
古代人とは別のベクトルに位置する古代種。
もしくは人工的に作られた別の異星生命体。
あ。
片翼の・・・。
デン♪デン♪デン♪デン♪デン♪
(あ。そういうのエートス!)
おしまい!
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